副業体験談

目次

21歳男 街中スナップで一儲け 美味しい話はあります 

はじめまして、甘い蜜だけ吸って生きていたいと常日頃から考えて生きているクロちゃんみたいな男、
駆け出しWEBライターの宮﨑です。

今回紹介する話は、そんな男が吸った甘い蜜(高額バイト)の体験談についててです。

ある日、僕は大好きなガールズバンドのライブに行くために渋谷まで足を運びました。

ライブが始まるまでの時間、スロットを打とうと思ったため開始5時間前に渋谷へ到着。

パチンコ屋にいくためバスケットストリートを歩いているとスーツ姿の爽やかな男性から声をかけられました。

スーツ姿の男性「すみません、ちょっとそこのお兄さん。

お話があるんだけどいいかな?」

僕「はい、なんでしょうか。」

スーツ姿の男性「ちょっと写真とらせてくれないかな?」

僕「え、なんでですか。」

スーツ姿の男性「お兄さんイケメンだし、ほらジャニーズとかいそうじゃん。実は今街で出会ったイケメンの写真を撮っててさー。お時間あれば協力してほしいんだけどどうかな?」

僕「すみません、これからライブがあるので」

スーツ姿の男性「何時ごろから?」

僕「18時からです。」

スーツ姿の男性「全然時間あるじゃん、撮影も30分くらいで終わるからさ。それにもちろん撮影に協力してくれたらお金だすよ。お兄さんライブのグッズとか買いたいでしょ?」

僕「まあ買いたいですけど…。ちなみになんですけど、いくらぐらいもらえますか?」

スーツ姿の男性「お兄さんのがんばり次第かなー、まーがんばってくれるなら一回の撮影で15,000円だすよ。」

僕「わかりました、少しだけならいいですよ。」

こんなかんじのやりとりをして、僕は結局お兄さんについていってしまった。

高額すぎる報酬に目がくらんだのはもちろん、普段言われないイケメンという甘美な言葉の響きに、僕の心が揺らぎスーツ姿の男性にたいして妙な安心感をおぼえてしまった。

よくあるドラマやアニメの世界ならここで騙されて、ヤ〇ザがでてきて金をとられるとか変なところにつれさられ監禁されるとか
しかし実際は、なにごともなく撮影は終了し本当に15,000円を手に入れた。

本当にただの美味しい高額バイトだったのだ。

この体験談は、完全に結果オーライだったのかもしれない。

しかし世の中には本当に目を疑うようなおいしい話があることも知ることができた。

もちろん、世の中には美味しい話が少ないことはたしかだ。

美味しい話が世の中にあふれていたら、それは美味しい話ではなく普通の話になるからだ。

そう、美味しいはあくまで比較から生まれる概念なのだ。

よく、「世の中には美味しい話なんてない、そんな美味しい話があるならみんなしてる」という人がいる。

果たしてほんとうにそうか、美味しいが比較から生まれる概念なら、美味しくない話があれば、美味しい話もあるはずだ。

そんな人を見ると、美味しい話を体験できてないのでは?と思ってしまう。

では、なぜ体験できてないのか、それは美味しい話は結果的に美味しいだけでありリスクが付きものだからだ。

多くの人間はリスクというものを嫌う。

だから美味しい話が合っても拾おうとしない。

今回のことを正当化するため、高額バイトを勧めるためにこの話をしたわけではない。

世の中にはリスクを嫌って一歩踏み出そうとしない人が多いとかんじる。

本当にそれでよいのか、やらず後悔よりやって後悔のほうが気持ちがスッキリするのでは?
行動しないことのリスクの高さについてもっと現代人はかんがえるべきである。

最後まで目を通してくれた方、こうかいしやらず後悔の人生だけはおくらないでほしい。

  

30代後半 20代後半の女性 銀座でヘルプ専門の派遣ホステス

現在は30代後半の主婦です。

高額副業を行っていたのは約10年前の20代後半に、銀座のクラブにヘルプ専門の派遣ホステスとして副業をしていました。

当時は派遣OLとして金融業界で一般事務職をしていました。

都内で一人暮らし、派遣社員や交通費やボーナスも出ないので、セ活費がカツカツでした。

当時は彼氏もいなかったので、仕事終わりや週末は時間があったので、アルバイトをしようと考えたのがきっかけです。

働いていな場所は銀座エリアのクラブです。

出勤の度に毎回、違うお店に派遣されるので、いつも新鮮な気持ちで働いていました。

勤務時間は固定されており、20~23時の3時間勤務になります。

報酬は一律8,000円なので時給に換算したら当時の私にとっては高額だと感じました。

3時間勤務で8,000円、終電で帰れる時間帯ですし、ヘルプ専門なので、お店のお客様と連絡先を交換しないで済むし、指名・同伴・売上などのノルマは無いし、アフターも勿論しなくて済むのが精神的に楽でした。

水商売のプレッシャーやノルマが苦手な方には都合の良い副業かもしれません。

当時、後悔したことといえば、ヘルプ専門とはいえお店によっては大ママが飲める子だと判ると、お客様のボトルを空けようとブランデーやウイスキーの水割りをかなり飲まされました。

元々ビールや日本酒は飲めたのですが、ブランデーやウイスキーは苦手だったので次の日も仕事がある場合は二日酔いで頭が痛くなる事がありました。

銀座エリアはクラブが多いので、お客様が入れるボトルの殆どは焼酎・ブランデー・ウイスキーです。

どれもアルコール度数が25度以上なので、飲み方や量を気を付けないと酒豪以外はかなり酔ってしまうので注意が必要です。

あと毎回違うお店に派遣されるので、そのお店の大ママやチーママによっては、好かれたり嫌われたりフィーリングの合う合わないが割とハッキリします。

大ママに気に入られないと、冷たい態度を取られたり、お酒を無理やり飲まされたりして辛かったです。

水商売はメンタルが繊細だったり気が弱い人には向いていないかもです。

それでも興味があれば気持ちを割り切り、働く期間をいつで辞めるかハッキリ決めてからした方が良いと思います。

31歳 男 単発バイトで稼げて掛け持ちにしやすい

私が高額バイトとして働いていたのは交通量調査です。

交差点などで椅子に座ってカウンターで通行人や通行する自動車の数などを数えるという誰にでもできる簡単な仕事です。

そのバイトを見つけたのは友人がもともと働いていてかなり稼げるということをきいていたからです。

通常のバイトのようにシフト制で1か月単位で働くというわけではなく基本的には単発でのバイトになりますので、その日限りというバイトでした。

私が働いていたのは都内で月に2~3回くらい連絡があった時にそのバイトをしていました。

交通量調査の特徴が時間が長いということです。

短いものでも12時間で長いものであれば20時間近くありました。

ただ、仕事内容は交通量はをチェックするという肉体的にきついというものではありませんのできついということはありませんでした。

横を通行する人々からの目線を感じますので、精神的なつらさはありますが、休憩時間もしっかりと確保されており1時間ごとに30分の休憩があり数人でローテーションをしていました。

バイトの給料なのですが、12時間働いた時は20,000円もらいました。

この時間には休憩時間も含まれていますので、時給換算すれば2,000円くらいになります。

肉体的にきついということはなかったのですが、夏場は外ですので暑く、冬場はかなり寒いのでそれが気になりました。

そして、自動車が横をひっきりなしに通っており、排気ガスがすごいのでマスクは必需品となります。

深夜の交通量もチェックするのですが、場所によっては交通量ががほとんどなく眠くなってしまうこともありました。

そのため、コーヒーや眠気覚ましのガムを用意して眠くならないようにしていました。

仕事中は携帯電話を見ることはできないのですが、音楽を聴いてもよかったので、イヤホンで音楽を聴いてなるべく通行する人を気にしないようにして自分の世界に入って集中するようにしていました。

椅子に座って淡々とカウントするだけの仕事ですので、根気よく続けられる人におすすめです。

39歳 亜美 29歳の頃の若気の至り

こんにちは。

私は39歳のフリーター亜美です。

今から約10年前、私がやっていた高額収入のアルバイトは、ずばり「出会い喫茶」でのパパ活でした。

そもそも、そういった行動をしたきっかけは、勤めていた会社を辞めて無職となり、時間と身体が空いただけでなく、人恋しくて寂しかったということ、ネットが無料で使えたり、マンガを読み放題で、しかも空調の効いた快適な空間を提供してくれることから、出会い喫茶に足しげく通うようになりました。

時期は、ちょうど仕事を辞めた29歳~31歳までの約2年間です。

出会い喫茶は、働くということではなく、待機するといった方がしっくりきます。

というのも、お店と女の子の間には労働契約がないからです。

そして、偶然来店した男性とお話をして、交渉をして、デートをしたり、お食事に行ったり、お付き合いすることで直接お金をいただくこともありました。

正直な話、MAXで一日でもらった金額は、約10万円ほどの日もありました。

ぶっちゃけ、その時の心情は、「ちょろいな」「世の中、こういう手もあったんだ」というところでした。

というのも、男の人というのは、本当にバカないきものだなと実感させらることが多くて、たとえば、私の履いている靴を2万円で買い取らせてくれないかと申し出てきた人があったと思えば、一緒に高級レストランで食事をしてくれたらお小遣いをあげると言ってきた人もいます。

何なら、デートのたびに、ブランド品をくれる人もいたり、それらはすべて私のお小遣いになったことは言うまでもありません。

ただし、後悔していることがないかといえば、あります。

それは、もっと高額をふっかけたり、交渉をするべきだったなということです。

私の場合は、あってもお高いお酒を飲ませてもらうであるくらいのことでしたので、もっと、美容にお金をかけたいなどとせがんでみてもよかったように思います。

みている人にアドバイスできることとしては、決して自分を安売りしてはいけないということです。

人生は一度きり。

若い時期もそのときだけです。

その価値に対して、対価をもらうことは当然のことですし、何ならできる限りたくさんもらうようにしておかなければ、あとで悔しい思いをすることになってしまいます。

50代主婦 チャットレディ 年齢を誤魔化して辛かったこと

私は主婦で、夫と子供と3人暮らしをしています。

3年前に、夫の会社が倒産してしばらく収入が途絶えてしまったことがありました。

まだ子供が小さかったので仕事はしていなかったのですが、さすがに副業をしなければならない状態になったのです。

在宅で高額収入ができる仕事、と思って始めたのが「チャットレディ」です。

幸い夫は夜中に倉庫のアルバイトを見つけて働き始めたので夫が出かけてから仕事をしました。

最初は何を話していいか分らずに困っていたのですが、お客さんは酔っぱらっている人が多く、話が下手でもあまり気にしていない様子なので助かりました。

但し、ノンアダルトで登録をしたのですが、やはり話しているとぐいぐいとアダルト方向へ行ってしまい、無理な要求をされることもあり、困ったことも何度もあります。

それでも報酬の高さは魅力的で、一ヵ月で8万円近く稼いでいました。

あまり稼いでしまうと税金面などで問題が起きるのではと心配して、自分でコントロールしていたのです。

夫がしばらくアルバイト状態でもチャットレディの収入で何とか暮らしていけました。

もちろん主人には内緒ですので、仕事から早く戻ってくることがないように、常にスマホで位置確認をしている状態でした。

後悔している事と言えば一つ、非常に年齢を誤魔化していたのです。

私は昔から細身で、中学生の時から身長・体重・スリーサイズは変わっていません。

そこで「29歳」と偽り、プロフ画像も水着姿で撮影して帽子で顔を隠すなど、かなり酷いことをしていました。

年齢確認が甘いチャットサイトだった為に、バレることはありませんでした。

しかしアダルトな会話にどうしても馴染めずに、1年間続けてやめてしまいました。

この仕事をしてみたいと思う主婦の方にアドバイスがあるとしたら、ウソはつかない方がいい、ということです。

1つ嘘をつくと色々と嘘を突き通さなければならない為に、楽しいはずのおしゃべりも楽しくなくなってしまいます。

高額収入は本当ですが、自分の良心の方が大切だと思いました。

66歳男 治験への参加 体を売って高額ゲット

私は63歳で退職し、現在は66歳で、八王子市に在住の年金生活者です。

退職後は毎日気ままな生活を送っていましたが、1年も経つと暇を持て余すようになり、なにか満たされないものを感じるようになりました。

退職した当初から、お小遣いが稼げるような、気楽に出来るアルバイトがあればと思っていましたが、ある日、ネットで治験のアルバイトというものがあることを知りました。

治験とは、製薬会社などが新薬を開発する際に、実際に人を使って、その薬の安全性や有効性を調べるために行う試験のことです。

製薬会社は治験で得られた臨床データに基づいて、厚生労働省にその薬の認可を求めて申請を行うのです。

当然、治験を行うためにはモルモットとなる人が必要になります。

製薬会社は独自に治験を行うこともありますが、最近では治験を外部委託するケースが多く、そうした治験を請け負う専門業者も増えてきました。

ネットで治験というキーワードで検索すれば、ボランティア、即ちモルモットを希望する人を斡旋している業者を見付けることが出来ます。

私はニューイングという斡旋業者を通じて、ある医薬品の治験に参加しました。

ニューイングは、製薬会社が治験を依頼した治験の実施施設にボランティアを紹介するところまてで、実際には、治験は新宿にある病院と同等の実施施設で行われました。

先ず、治験のボランティアとして登録すると、治験の前に事前健康診断というものが行われます。

事前健康診断では、新宿の施設に出向いて、クライアントが要求する項目の健康診断を受けます。

事前健康診断では主にバイタルや採尿、採血による生化学検査が行われます。

私が受けた事前健康診断は、3時間ぐらいで、謝礼として5千円が支払われました。

この事前健康診断の結果を参考に、クライアントは応募のあった中から正式なボランティアを決定します。

私は事前健康診断の結果、40人の中に採用されて、治験に参加することが出来たのです。

行われた治験は、約20日間の入院を1箇月間隔で2回行うというもので、その間、定期的に薬が投与され、採尿や採血、血圧や心電図の測定などが行われました。

治験の場合はクライアントから支払われる謝礼を協力費と呼んでいますが、私がこの治験で貰った協力費は約75万円でした。

しかし、入院中の食費やその他諸々を含めると90万円相当になると思います。

この治験では、入院中は基本的には施設内のベッドで過ごし、外へは出られません。

病気で入院している状態と全く変わらず、私達ボランティアの世話や投薬、採尿や採血、食事の世話などは全て看護師がやってくれます。

時間は決められていますがシャワーも浴びることができます。

全く入院しているのと変わりません。

ただ違うのは健康だということです。

私はコンピュータを持ち込んで、ベッドの上で適当に遊んでいました。

なにもしないで1日中ゴロゴロしているだけで75万円貰えるのですから、またこんな治験があったら是非参加してもたいと思っています。

ただ治験で入院中は施設で出されるもの以外は飲食出来ず、コーヒーが飲めなかったのが辛かったのと、お金と引き換えに自分の体を提供するという、若干の抵抗感はありました。

10代大学生、土日昼間だけで月8万円稼げました

今は子どもが2人いて専業主婦をしている30代の女性です。

今から10年前に私は大学生時代に4年間ゴルフ場でキャディーのアルバイトをしていました。

私がなぜゴルフ場で働くことになったかというと、私は大学で複数の資格を取得することにしていたので、平日も1限から5限までみっちり授業があり、また大学まで片道が2時間以上かかるため18時に授業が終わって帰ると夜20時を過ぎてしまうため、働く時間も短くなってしまうのですが両親が厳しく深夜のアルバイトを許してもらえなかったので、土日で効率良くお金を稼ぐために日給の良いキャディをすることにしました。

キャディの仕事は土日が中心で、日給が9000円から1万円、月に土日祝日を中心に8回ほど行っていたので月に8万円、年間で約96万円を稼いでいました。

働いている時に思っていたのは、とにかく体力勝負だなということでした。

外での仕事なので夏は暑く、冬は寒いですし、大雨が降っても、大雪が降ってもお客さまがプレーを止めない限りキャディもサポートし続けなければいけません。

学生時代からスポーツをしていたので体力には自信があった方ですが、それでもアルバイトが終わって家に帰るとベッドに倒れ込んでいました。

また、ゴルフをしているのは世の中でも地位のある方やお金に余裕のある方が多いので、プレー中のマナーにも厳しかったり、道具にお金をかけている方も多いので高価なドライバーやアイアンを持つときはとても神経を使いました。

また、お金に困っていないいわゆる「おじ様」ばかりなので「プレーが終わったら飲みに行こう」とか「夜も付き合ってよ」などセクハラぎりぎりの発言も多く、お客様なので愛想笑いで誤魔化し続けましたが、年頃だったこともありそういうことをいわれる度にげんなりしていました。

手を握られそうになったこともありましたし、ちょっと罵声を浴びさせられたこともありましたし、本当に嫌なことがたくさんありました。

後悔していることは、そんなに多くはないのですが、やはり日焼けは必須でしたので、30代になってシミやソバカスが増えてきたのでもう少しあの頃スキンケアにお金をかけておけば良かったなぁと後悔しています。

色々あって泣いたことも多いアルバイトでしたが、ほとんどのお客様は良い人でしたし、リピーター様がとても多いサービス業でしたので、アルバイトではありましたが、1年も続ければ顔見知りのお客様も数多くできて声をかけて頂けることがとても多くなりました。

顔見知りとなり親しくなれば、1日のプレーもスムーズでしたし、ゴルフの知識を増やして、コースの攻略法も自分なりに勉強して、以前は厳しいことを言われたお客様も「この前よりしっかりしたね」と褒めて下さることもあってアルバイトを辞める頃には「もう会えなくなるのは寂しいなぁ」なんて声をかけて頂けたりして、辛いことは多かったですがとてもやりがいのある仕事だったなと思いました。

私からキャディをする方に一つだけアドバイスできるとしたら、それは「お客様の名前を覚え、以前の会話からスタートする」ということだと思います。

自分のことを覚えてくれているだけで人というのは嬉しいものだとこのアルバイトをしてよく分かりました。

辛い仕事ではありますが、顔見知りができれば楽になることも多いのでぜひやってみて欲しいなと思います。

49歳女風俗の副業は稼げます

昔副業で風俗業界にいたことがあります。

当時私の本職は高級クラブでした。

アルバイトというより正社員に近い待遇でしたからお給料は文句なくやりがいも感じていました。

だけど不思議なもので高給取りになるともっとお金が欲しくなるんですね・・・。

お給料が低かったアパレルの仕事をしていた頃に比べれば高級クラブでの仕事は天国のよう。

立ちっぱなしでもなく座りっぱなしでもない。

タダで高級なお酒を飲むことが出来るしお腹が空けばお客さんが美味しいものを注文してくれます。

お店が開く前にお客さんと食事に行くと大抵行ったことのない高級な飲食店でお腹いっぱい食べて飲んで。

それから一緒に店へ行けば同伴出勤で手当が付く。

食べ物にも困らないゆるい仕事で昼間の仕事の何倍もお給料がもらえて、あの頃は仕事と言えば水商売しか考えられませんでした。

高級クラブ一本で良かったんですが、いつの頃からか金銭感覚が少し麻痺してしまってどんどんお金が欲しくなってしまったんですね。

元々ケチな私だから無駄遣いはしません。

ここぞという買い物に備えてもっともっとという気持ちが膨らみ副業を風俗に決めてしまったのです。

風俗業界に勤めるのに少し抵抗はありましたが、他県まで週1回仕事をしに行っていただけなのでそれほどきつくなかったですよ。

毎日のように風俗で働いたら体が壊れそうだけど、週1回くらいでは何も問題なくお客さんひとりにつき1万円近くもらえたため本当に良いバイトでした。

せっかく他県まで来たんだし・・・という気持ちもあって半日ほど集中して仕事して本職よりも給料が多かったことも。

風俗はたしかに稼げるんだけど期間限定にしないと体も心も大変です。

毎日やる勇気はないけど副業としてなら出来る仕事でした。

仕事の内容としては高級クラブのほうが好きでしたよ。

当たり前ですよね・・・風俗の仕事が好きなわけありませんから。

ですが、短期集中で稼ぐなら風俗は良い仕事だと思いますよ。

35歳 女 初副業で成功した体験談

当時は大学生でした。

俳優業をしていたため、収入が安定せず、副収入が必要だと感じたため仕事を探していました。

パソコンに詳しい方に、アフィリエイトでのお小遣い稼ぎ方法を教えてもらいました。

はじめは、クリック収入や登録でお小遣い稼ぎをしていたところ、ブログで物を売って収入を得る方法もあると発見しました。

バストアップの仕組みについての知識や、サプリメント、下着など、実際に使用したものの感想や結果などをブログで紹介していました。

実際に使用したブログはFC2ブログです。

ブログパーツや記事自体に、おすすめのアイテムのアフィリエイトリンクを設置して購入してもらえるように明記します。

最低でも一日1回更新を目標として運営していました。

アフィリエイトの会社は電脳卸一つだけに絞り、バナーや商品はA8ネットが中心です。

売れ行きが良かったアイテムはサプリメント類で高単価でした。

実際に使用して結果が良かったものについては、積極的に記事内でプッシュします。

並行して、見てくれる人が助かるように、他のバストアップ術、マッサージや食生活、エクササイズ、下着の付け方などを公開していました。

気をつけていたことは、必ず実際の写真を用いること。

これいいよ!といったものについては、責任を持って実際の写真を公開します。

また、共感を得るために、なぜバストアップするのか、必要なことなのか、どういう気持で運営しているのかも日々書いていました。

文章のSEOについても独学で勉強し、簡単なSEO対策に加え、コンバージョン率のチェックや売れ行きは毎日欠かさずチェックしていました。

ブログの収入が安定してからは、基本的に1本記事を更新すればいいため、1日大体1時間程度でブログの更新とアナリティクスの確認をしていました。

アフィリエイトを初めて一年目でで2千万以上の商品を売上げました。

実際に得た収入は200万円以上です。

はじめは少し稼げればいいかなと思ってはじめたことでしたが、アフィリエイトの収入ランキングでも上位に入り、実質的に成功者になりました。

自分が欲しかったアイテムも、購入すれば副収入が得られ安く手に入るだけでなく、収入とは別に売上に貢献したお礼として、企業からお品もいただいていました。

それをまたブログに投稿することで、商品が売れ、とてもいい循環ができていたと思います。

ブログの運営でアフィエイト収入を得るためには、一言で言うと根気が必要です。

収入が約束されたわけでもなく、成功するかどうかもわからず、新しいことをするわけですから、準備に大量の時間と労力が必要になります。

必要な知識を身に着け、すぐにアウトプットし、それを繰り返して研究をする。

こういったことを毎日楽しくできる人が、最終的に成功するのではないかと思います。

ただ、特別な講師やお金、技術がいらないところが一番はじめやすいポイントです(PCとネット環境は必須ですが)。

自分の好きなジャンルや極めたいカテゴリーに特化して作成することで、それが成ると思います。

また、アフィリエイトの広告収入で得られるのはお金だけではありません。

それだけを目指しているのであれば、はじめはもどかしいです。

ブログを運営する上で、収入以外で得られたことは、CSSやHTMLの簡単な操作方法です。

収益が上がるためのブログパーツをjavaScriptとにらめっこしながらブログを作り上げていくと、自然と知識が得られました。

さらに、アフィリエイトの仕組みや、パートナーを作ってそこから収入を得る方法など…。

アフィリエイトの勉強をしていると、そのあたりの知識が丸々手に入るようになってきます。

そこで方向転換するもよし、情報商材をつくるのもよし…いろんなビジネスの形を知ることができます。

毎日文章を書くことで、ライティングの知識もついてきますし、アナリティクスを毎日見ることで、どういうことをブログでやればどう数字が動くのかもわかるようになってきます。

こういった経験は、自分でやらないことには得られない、大変貴重な知識です。

そういった知識を情報として売ることも今後可能となってきますよ。

アフィリエイトで成功するためには、自分で知識を拾い集めて、自分で構築し、努力を惜しまないことが一番大切です。

32歳男性 治験治薬モニターをした結果副作用に苦しめられた

初めまして私は都内在住の男性です、私が経験した高額バイトは治験・治薬のモニターです、この仕事の内容を分かりやすく説明するとガンや糖尿病やパーキンソン病やエイズ等々の薬を生身の人間を使って実験するという仕事です、要するに開発中の薬の効き目(効果)を見る為の人体実験と言って良いでしょう。

こうした治験・治薬で合格した薬が更なる厳しい国のチェックを受けて世の中の病に苦しんでいる方々の元へと運ばれて行きます、なので治験・治薬モニターを希望する方には多少厳しい条件があります、ひとつは過去に重病をしていない・現在病気や疾患を抱えていない等、もうひとつは治験・治薬での副作用における事故(死亡・後遺症等)が起きても一切の責任は自者にありますという契約書の提出が義務付けられます。

この仕事は月に3日程度しかありませんが1回の仕事で投薬する薬にもよりますが、約9万円の報酬が頂けます、なので3日で27万円の収入を得る事が出来ます、この金額を高いか安いかと思うかは人それぞれ違うと思いますが、当時の私にはおいしい仕事だなと思ってしまいました。

私が勤務していたのは都内某所にある総合病院内にある治験センターという場所でした、投薬方法は主に3つで注射・飲薬・塗薬です、ちなみに私は全てやりました、しかし投薬してから約5時間後には副作用で食欲は落ちて受け付けませんので副作用が出ている間(1日)はとても苦しいです、しかし投薬するとそのまま1日は病院の病室で過ごすので不安というのはそれほど感じませんでした、何かしらあっても病院だからという変な安心感でしょうか。

治験・治薬で大変な事は圧倒的に副作用なのですが、私の場合は後遺症というか副作用の影響で体質が変化してしまった事が1番の後悔です、私の場合は魚全般が食べれなくなりましたし鼻血が出やすくなりました、まぁこのバイトを選択して働いたのは自分なので仕方ありませんが、もし私の周りで治験・治薬モニターのバイトをしたいという人間がいたら私は絶対に止めます、やはり自分の身体のバランスを崩す可能性が本当に大きいので後悔して欲しく無いからです。

以上で私が経験した高額バイトのお話しをさせて頂きました、最後までお付き合い下さりありがとうございました、それでは。

41歳男、夜の道路交通整備の高額アルバイト

私は以前に週末に空いた時間があったので、インターネットにより高額なアルバイトを探していました。

すると、夜の道路交通整備の警備のアルバイトがあったのでした。

勿論、その日だけだったので日当だったのですが、かなりお金が貰えたので良かったでした。

本業の方の給料前とあってお小遣いが欲しかったので本当に助かりました。

また、私の場合は道路工事の方ではなく、ただの交通規制する警備でしたので楽なもんでした。

ただ夜間なので車も少なく暇だったので時間が経つのが遅く、少し辛いところもありましたが。

しかし、その反面体には負担がほとんどなかったので、そのまま本業へと向かうことが出来ました。

また、その日だけだったのですが、私と同じくその日だけのアルバイトの人もいたのですが、たまたま歳が近かったと言うこともあり仲良くなれたのです。

おかげさまでその人とはそれからも付き合いが長くなり、そして今でも時折お酒でも飲みに行ったりもするようになりました。

最近では本業の方が忙しいため、アルバイトなどに行っている時間がありませんが、是非また機会があればアルバイトなどをしたいと思っています。

勿論、理想はと言えばまた高額なアルバイトにこしたことはありません。

また、以前にその夜の道路交通整備の警備をした時は季節的にも5月と言うことで、そんなに暑くもなくまたそれほど寒くも無かったので本当にタイミング的にも最高だったのです。

ですので、次回も出来ればこのような環境のもとか、もしくは屋内であればと願っています。

夜間とは言え、車も少なく以前は本当に楽な仕事で高くお金が貰えたので本当にタイミング的にも最高でしたので、是非またあのようなアルバイトを見つけたいものです。

場所的にも人が少なかったと言うのも幸いしていました。

おかげさまで全く朝までトラブルもなく無事にアルバイトを終えることが出来たので本当に良かったと思いました。

機会があればまたお願いしたいものです。

20代女性、ワクワクの脳波実験にハマる

Ayumint, アラフォー女性です。

今日は、昔、学生時代にした高額バイトについて書きたいと思います。

あんまり出来るものじゃないと思いますが、印象に残ったので、書いてみます。

およそ15年前くらいだったと思います、大学の友人の研究室で、被験者の募集をしてました。

そこの研究室では、脳科学の研究をしていて、脳波を測られるアルバイトが出来る、というので、興味本位で応募してみました。

治験アルバイトのひとつかと思います。

普段なかなか出来ない経験ですし、2、3時間拘束されるだけで、5,000という学生にしたら夢のようなバイト代でしたね。

その後オマケも付いてきたので、その話もしますね。

アルバイトは夏休み中だったように思います。

バイトの当日は、研究室に連れていかれて、水泳帽のような帽子に脳波測定用のイボイボが付いたものを被らされました。

それから、研究員がそのイボイボに特殊な薬品を注射器で注入しました。

こういう日常生活では体験できないことには、すごくワクワクしたのを覚えています。

帽子から伝う薬品の感覚に、変に興奮しました。

そのあと、個室に入って、研究用の質問に答えていったのですが、それをパソコンを使って入力していきました。

内容は言えないですが、結構面白くて、ハマりました。

質問に答えている最中の脳波が測られてました。

実験が終わると、頭や髪の毛はぐちゃぐちゃになってしまいました。

研究室にはシャワールームがあって、そこできれいにさせてもらいました。

そこまでで2時間ちょっとだったと思います。

時給もいいし、面白かったので、その後何回か参加しましたね。

この時の研究員が、私のことを気に入ったようで、実験の後、夕食に誘ってくれました。

ちょっとお洒落なイタリアンで、ワインまで飲ませてもらいました。

ラッキーです!
今、こんなバイトは探してもあまりないだろうとは思いますが、またあれば是非やりたいなぁと思います。

当時はきっと、いい時代だったんでしょうね・・・

24歳 女性 高額バイトは良い経験になった。

こんにちは。

私は現在派遣社員、30歳、既婚女性です。

私は24歳の時に、ガールズバーで1年バイトをしました。

当時私は新卒で勤めていた会社を1年で退職し、その後やりたいこともなくフラフラした生活を送っていましたが、一人暮らしでしたので次第にお金に困り、昼間は派遣社員、夜はガールズバーと言うところに落ち着きました。

ガールズバーは繁華街の中にあるお店でしたので、比較的お客様もコンスタントに入り、時給も3000円近くもらえていたので、とても良い副業になりました。

最初はガールズバーと言うお店に対して、いかがわしいイメージもありましたが、そこのオーナーさんはもともと大手企業のサラリーマンをしていた方で、見た目や話し方から安心感があり面接の時から比較的好印象でした。

制服などは店によって様々だと思いますが、私の働いていたお店はTシャツに半ズボンといった比較的健全なスタイルでしたので、過度な接客を求めてくるようなお客様も少なく業界の中では働きやすいお店だったと思います。

ただやはり、お客様の中には絡みにくい方も時々いましたが、割り切って対応すればそれほど苦ではありませんでした。

スタッフ同士も年齢が近く、サバサバしている人が多かったです。

よっぽど派遣で勤めていた企業の女性社員の方が、陰湿で内部のトラブルも多かったです。

後悔していることがあるとすれば、給料をもう少ししっかりと貯金しておけばよかったという事です。

時給が良いとその分使い方も変わってきてしまう為、なかなかそれを止めることが難しく1年後退職するときにもさほど貯金は増えませんでした。

ガールズバーを辞めてから別の企業に正社員として就職しましたが、給料の少なさにやりきれなさを感じることもしばしばありました。

ただ堂々と人に仕事の話をすることができたので、転職に後悔はありません。

私からアドバイスできることがあるとしたら、高額の副業やバイトに対してマイナスのイメージを、持つ人も多いと思います。

それは正しい感覚だと思います。

ただ何事も経験と言うように、実際に働いてみてわかることもあると思うので、危険だなと感じないことであれば挑戦してみるのもいいと思います。

34歳 男 遺品整理はやり切れなくなった

こんにちはネイサンと呼びます。

現在はプログラマーとしてフリーランスで働いております。

私が過去に体験した高額な副業ですが、遺品整理業者のアルバイトで高額な額を稼いだことがあります。

稼いだ額としては1ヶ月で20万円以上です。

その時の心情としては、ビジネスとしてみたら美味しいビジネスで、亡くなった方の遺品をものすごく安い値段で引き取り、引き取った遺品をオークションなどにかけて売却するお仕事でかなり利益が出るビジネスでした。

ですが、やり続けているとだんだん、後悔みたいな感情が表れだして、人としてはあまり褒められた仕事ではないように感じ辞めた次第です。

本当に、なくなった方の遺品をものすごい低い値段で買取して、遺族の方に全く価値のないものです、見たいなニュアンスで買取をしますのでやっていることは褒められない仕事です。

買い取った商品を裏で高額で捌く訳で、捌き方も方法を選ばずにオークションだったり、同業者に売りさばくこともあります。

この遺品生理業者の仕事に就くのであれば、どんなに価値のある商品を持つ方の遺品であっても涼しい顔をして価値が無いよと言えるような人物で無ければ仕事として勤まりません。

顔にこの遺品、高額ジャンと出るような人であればまず、遺族の方とトラブルになります。

これは顔がにやけていたり、馬鹿にしている態度を知らず知らずとってしまいがちになり、顔が態度として出ます。

遺品生理の仕事ははっきり言ってしまうと、人の弱みに付け込み、かなり安い額で商品を品定めしている商売です。

その為、遺品生理と言う名前ですがやっていることは品定めなのです。

それを無表情で勘定無く、利益を優先して行えるかどうかです。

本当にこちらが必要な遺品ですと何も言わず遺品を確保し、どうでもよい遺品であればこの遺品どうしましょうといい、相手の遺族の方に遺品を引き継ぐように催促をしたりもします。

用は必要な物を頂木、それ以外は相手に押し付けると言う考え方です。

そういったことをずっと続けることが出来るメンタルがあればお勧め出来る副業です。

28歳・女・チャットレディで精神的に落ち着きを得た

私は少し働くだけでも体調を崩しやすいことが悩みで、軽い精神疾患で通院もしています。

節約をしたり休息しながら働いたり気を付けるようにしていますが、やはり思う様に貯金することができず、働いては病院に行き、引きこもりがちになっていってしまいました。

そんな私が勇気を出して挑戦したのが、チャットレディの副業です。

毎回違う設定の女性として、提携先のマッチングアプリを利用している男性とメールのやりとりをします。

一通送信や受信ごとにポイントが付与され、ポイントは銀行振込を通して換金することができます。

普段は一通ごとに2~3ポイントといった具合ですが、キャンペーン期間中は最大15ポイントまで跳ね上がり、よりポイントを貯めやすくなります。

メールの話題はいわゆるアダルトなものでもノンアダルトなものでも構いません。

色々なチャットレディサイトがありますが、私が登録しているサイトでは一通あたりのポイントは同じです。

私はもともとアニメやゲームといったエンターテインメントが好きなので、同じくソーシャルゲームをしている人とは長くメールが続くことが多く、いつも感謝しています。

大変なことも多いですが、これよりは楽なのかなとおもうところもあるので、そういう点は楽です。

私は官能小説を読んだりアダルトビデオを見ることも普段から楽しんでいたので、アダルト要素を含む会話も楽しんでいます(苦手な方は本当に、最初から無理にアダルトな会話をする必要はありません)。

特に文章で性的な行為を楽しむ、いわゆる「メールH」も長く続けばどんどんポイントが貯まっていきます。

サイト内には同じくオペレーターと呼ばれる仕事仲間が集う掲示板もあり、愚痴や質問、雑談のやり取りなど和やかな雰囲気で働きやすいと思います。

注意しなければいけないのは、相手と実際に会ったりメールアドレスやLINEといった連絡先を交換してはならないということです。

常に運営が厳しくパトロールしており、そのような行為が発覚すれば最悪強制退会となります。

ただ、このような事項を守れば、寂しい時や心細いとき等掲示板に書き込んで気持ちを発散、換金できるポイントを獲得、縁があれば男性からのメールでお金に換金できます。

この方法で、月に数万稼ぐことができるようになり、精神的にも助かっています。

30歳女性 結局継続はできない仕事

主婦ですこんにちは。

主人の給料が安くて、パートしてます。

でもそれだけでは足りず、かといって扶養外れてフルタイムで働いても、子供が小さいから働き損になってしまう可能性もあります。

ポケットマネーで支払ってもらえるバイトがあればなあなんて思っていました。

そんなときたまたま出会い系サイトに登録していて(お小遣い稼ぎのため)そこで知り合った男性にパパ活のお誘いがありました。

パパ活とは、男性と食事したり遊んだりすることでお金をもらうことです。

最初は旦那に後ろめたい気持ちがあったので躊躇いました。

だけども、だんなの給料と私のパート代では生活するのが精一杯。

子供二人のこれからかかってくるであろう学費を貯めることがどうしてもできません。

後ろめたい気持ちはあったものの、仕事なんだから!と割り切ってついに行動することとなりました。

恋愛脳にならないように選んだ相手は70歳のおじいさん(笑)

話も楽しく、会社を経営されてるのでお金持ちです。

はじめは食事をして昼間っから高級料亭に連れて行っていただきました。

年収5000万になるとランチでこんなもの食べるのか、、と別世界に来たような感覚にとらわれながらもおじいさんのお相手。

その方は奥さんが一番大切だけど、
死ぬまで好きなことをしていたいとおっしゃられていました(笑)

そして2時間ほどお話して
エッチなことはなにもなくさようなら。

帰り際に15000円をさっと私のポケットに入れてくれました。

食事も食べれて話すだけでこんなに貰えるンだ。

パートより全然稼げるし、本業にしたい気持ちは山々だったのですが、根が真面目な私はそんなことできるはずもなく(笑)

その一回で終わりました。

おじいさんからは、一回3万でホテルどう?と誘われましたがさすがにそれはお断りしました。

やっぱり旦那が一生懸命働いてくれてる中で、そんな稼ぎ方は私にはできないと悟りました。

だけど、割り切ってできる女性にはもってこいのバイトだと思いました。

30代後半 男性 学生時代のおいしかったバイト

現在は都内にて営業職として働いている、30代男性です。

10年以上前の話ですが、大学時代にパチンコ屋でバイトをしており、週3-4日位の勤務で、多い時には月20万以上は稼いでました。

時給にすると1200円程度と当時の学生バイトとしては高額であった事と、まだまだパチンコ業界が盛り上がっていた事もあり、正直お店の羽振りが良かったのだと思います。

個人的にもプライベートでパチンコをやっていたし、バイトの先輩達も面白い人が多かったので今となっては楽しい思い出です。

一番おいしいなと思っていたのが、日曜日の夜勤に入った時には、新台入れ替えの為に希望を募って残業が、発生した事です。

お店の通常営業が、11時迄で普通通りの締め会が行われた後から、入れ替え台の撤収と新台の入れ替え作業を行います。

正直パチンコ台が重たいのが唯一の大変な所なのですが、(あと深夜なので眠いと言うのもあるが)それさえ終わってしまえば、社員さんが釘の調整を行うのを待ち、15分程度試し打ちをする事になります。

これまでで約1.5~2時間程度の作業。

作業自体は終わりなので、ここでタイムカードを押して帰るか(終電が終わってるのでタクシー代は出る)始発まで店で待機もしくは、好きな台を打って遊ぶを選ぶ事が出来ました。

しかも試し打ちという名目で、残業代(基本の1.25倍なので、1500円)は発生していました!自分は前述の通りパチンコやスロットが好きでやっていたので、迷わず後者を選んでいました。

(しかも社員さんが普段お店では使わない高設定に変えてくれるので、打ってて楽しい!)そんなんで大体月曜日の授業は行かなかったという弊害は出ましたが、就職活動まで約1年半程度はそんなバイトをしていました。

今思うと美味し過ぎたなと思います。

今でも休みの日にパチンコ屋さんに行きますが、時代の流れか客離れが深刻な状況が見て取れますね。

かなりお店の設備投資などもして、人件費削減をしている感もあるし、いまではそんな事認められてないんだろうなと思ってます。

若い男性からの紹介で行った高収入の謎の副業とは

こんにちわ。

私は大阪に住む35歳の男です。

日頃私はサラリーマンをしており、週二日休日が存在している生活サイクルなのですが、給与は非常に少なく過去にいくつかの副業に手を出したことがあります。

そのほとんどはそう簡単にはお金を稼ぐことのできないものが多く、多く稼ぐためにはリスクを承知の上で行わなければならないものばかりでした。

そんな中、SNSでリスクゼロで高収入という宣伝を見かけすぐに問い合わせをしました。

専用のLINEを教えられ、すぐに登録し、LINEでしばらくやり取りをしていました。

そうすると先方から、本当は会わなくてもできる仕事なのですが、是非一度お会いして話がしたいですとオファーがありました。

それまではリスクゼロでどーのこーのの話しかしておりませんので、もっとすごい話があるのかな?と、当時の私も楽しみにして会える日を待ちました。

そしてその日がやって来ました。

20代後半の細身の男性で、サーファーのような方でした。

普段の自分の生活のことを話す彼は謎だらけでした。

若くしてビジネスに成功し、得たお金で今は投資でお金を回していて、ほぼ仕事をせずに贅沢三昧をしているというではありませんか。

しかし、そう感じていた時点で、今思えばすでに彼の術中にハマってしまっていたのでしょう。

最初は少し稼げる副業の話から、高額な金額を稼ぐという方向に話はすり替わっていて、早速お仕事しますか?と、言われたので、時間かかりますかね?その仕事と聞くと、彼は30分で終わると言ったのですることにしました。

この30分に付き合うだけ5万円をくれるというのだ。

仕事は中身のわからない封筒を届けるという仕事でした。

もし、誰かに声をかけられたら拾ったので交番へ持って行こうとしていたととぼけるように言われてましたが、幸い私がそのバイトをしている間に途中で誰かに話しかけられることはありませんでした。

そして終わり次第本当に現金でいただけて、いまでも謎でしかありません。

今思えば純粋だった私は封筒の中身を見ませんでしたが、見ていたらどうなっていたのか?
どう考えても妙な副業でした。

36歳男 サッカーコーチ 思ったより拘束時間が長かった

36歳男性今は、運送業とネットでフリーランスとして仕事をしています。

13年前くらいに就職していた広告代理店をやめて何をしようか迷っていた時、2006年9月くらいにタウンワークでサッカーのコーチを募集している記事を見ました。

学生時代からサッカーをしてきたのでできるかなと思い、応募しました。

埼玉県朝霞市のチームで指導の2時間で5000円でした。

毎週木曜日2時間限定の仕事だったため、1か月2万でしたが、その時は拘束時間も少なくて5000円はすごいなと思いました。

ですが、練習をする前のサッカーゴールの組み立てや練習前の子供たちの管理など実際は4時間くらいの拘束時間でした。

私は、そこからやめないでほかの練習日のコーチや試合の帯同などをして契約社員になり月給18万円くらいになりました。

小学生のチームだったため平日は17時から21時まで練習、土日は試合という形で1か月18万円の給料でした。

土日は大体1日中でしたが平日5時間拘束時間で18万円は自分にとってはサッカーが好きだったということもあり良かったと思います。

後悔していることは、契約社員だったため、保険の加入等がなかったこと、社会人のマナー等など身に着けられなかったことくらいです。

正直あまり後悔はしていません。

埼玉県は、サッカーが盛んなこともあり私のようなサッカークラブのコーチとして生活されている方が何人もいます。

もちろん、それだけではなく他の仕事と両立してコーチをしている方が大半ですが、それでも私のクラブは生徒数200人を超えるクラブだったこともありこの金額で契約してもらっていたのだと改めて思いました。

見ている人にアドバイスすることがあるとしたら、好きなことで生きていくことは可能だと思います。

また、それを仕事にしようとしたら、自分の経験上ですが、その仕事が盛んな地域に少しでも近い方が仕事にしやすいと思います。

そして、その仕事が転職雑誌等掲載されるかはタイミング次第なので、自分で起業してやっていくのも一つの手だと思います。

34歳 女 自分の時間を失い過ぎました

大学生だった時、ボランティアサークルに所属していて、ボランティアで障がい者の介護をしていました。

しかし、段々と事業者さんや利用者さんとの信頼関係が深まっていくうちに、ぜひ有償でヘルパーをしてほしいと言われました。

簡単な講座を受ければお金をもらえるようになる、ということで、講座を受けて簡単な資格を得て、ヘルパーのバイトをすることになりました。

介護の内容は相手によって異なりました。

例えば知的障がい者の人がお出かけするのに付き添ったり、身体障がい者の洗濯や料理といった身の回りのお世話をしたり、お風呂に入る代わりに体を拭いてあげたり、といったことをしていました。

家からデイケアセンターまでの朝夕の送り迎えなどもありました。

時には、一緒に映画を観たりカラオケに行ったりすることもあり、こちらも楽しみながらお金をもらうことができました。

もちろん、映画の趣味は相手に合わせなければいけませんでしたが。

朝夕の送迎などは1時間程度で終わってしまうので、それほど稼ぐことはできないのですが、買い物などのお出かけへの付き添いは数時間になるので、割とまとまったお金になりました。

特に、泊りでの介護だと時給もアップし、拘束時間も長くなるので一泊で1万円程もらうことができました。

これも大変さは人によりけりで、一晩中なんども寝返りの手伝いをしなければならない場合もあれば、一度寝てしまえば朝までぐっすり眠る方もいて、後者の場合はこちらも寝ながら時給が発生するのでとても好条件だったと思います。

私と同様に大学生バイトとして介護をしていた仲間の中には、親の扶養の金額以上の稼ぎになってしまった人もいたほどです。

ヘルパー不足のこのご時世なので、学生でもとても重宝されました。

ただ、必要とされるとなかなか断れない性格もあり、徐々に介護で拘束される時間が増えていってしまいました。

ヘルパーを探す方も、見つからなければ生活に支障が出るため必死なので、それを断るのは、難しいことでした。

結局、自分の時間がほとんどなくなり、ストレスをためんでしまったため、3年生の時にきっぱりと介護の世界から離れることを決断しました。

30歳女 安易な考えで始めたスカウト

私は都内在住、既婚30歳女、現職は不動産の営業をしております。

12~13年前、当時16~17歳の高校生だった頃私たちの時代ではキャッチ・スカウトが流行っていました。

18歳にならないと水商売で働けないからです。

街でキャバクラ、ホスト、AVのスカウトをしたりインターネットの掲示板などで募集をしたりしていました。

学校が終わると、新宿、渋谷、池袋に繰り出しては声をかけ心が折れることもありましたし、なにより知らない人に声をかけるということが苦手でした。

ただやればやった分だけお給料がもらえるという言葉だけを信じ半年ほど続けてました。

簡単なのはキャバクラへのスカウトが多く、派手な子を狙うだけではなく地味でも顔が整った子や化粧で化けそうな子を狙い声をかけ、店まで誘導していました。

その日は体験入店になるのですが、その子達が仕事内容やお店を気に入って本入をしてくれたら、売り上げの20%が私の手取りになる計算でした。

ただ、なかなか本入までは至らず私の給料は0円。

稼働日数2週間弱、お店に連れて行った女の子10人程。

これは割合わない!と思い、AVスカウトの方に力を入れることにしました。

もちろん街中での声かけに乗ってくれる子はいるはずもなく…あらゆる掲示板で募集をしたのです。

そこで1人食いついてくれた子がいました。

その子は群馬の田舎の方に住んでる子で事務所が代々木にあったのですが、代々木までの交通費がないくらいお金がない感じでした。

なので私が群馬まで迎えに行くことに。

前もって写メはもらっていたものの、実物はびっくりするぐらい小柄で童顔の幼い印象を受けました。

でも身分証も持っているし18歳だし大丈夫かと事務所へ。

私も事務所に行くのは初めてだったので緊張しており、彼女は決心した表情だったと思います。

報酬としては、無名なので企画モノにしか出れず、1~3万程。

看板をはれるような売れっ子女優だと数十万~数百万になると説明を受け、その日は親バレなどを防ぐためのヘアメイクをし宣材写真を撮るだけだったのですが、待ってる間に私は急な罪悪感が出てきました。

体を張っても、そのくらいにしかならないのかという疑問と同時にそれでもこの仕事をしたいという彼女の姿。

どんな事情があって掲示板で私の投稿を見てついてきてくれたのか。

自分のお金のためにこんなことしていいのか。

結局このスカウトにつぎ込んだ時間、普通にバイトしてればそれなりに稼げただろうし、誰も傷つけないし、罪悪感など感じることもなかったのにと。

その日で闇を知ってしまった気がしてそのバイトは辞めました。

後日、事務所の社長が逮捕されました。

知らずに15歳の子のビデオを出してしまったそうです。

その15歳の子は18歳のお姉ちゃんの身分証を出し仕事を引き受けたみたいです。

50歳、男性、訳あり父親代役の副業でお小遣い稼ぎました

とにかく、今の世のサラリーマンは悲しすぎます。

何が悲しいかと言うとお給料が全く上がらない。

そしてお給料が上がらないと言う事は必然的にお小遣いも上がらないという事。

僕はそんな悲しすぎるサラリーマンをやってもう25年も経ちます。

そして年齢は今年で50歳にもなるんです。

でも、そんなお小遣いが上がらないサラリーマンであっても知恵を使えばある程度はお金を稼げるって事をご存知ですか?僕はここ数年、自力でお小遣いを稼ごうと一念発起して、本業のサラリーマンのほか、副業をいろいろとやっているんです。

今まで副業、いろんな種類の事を試してみました。

ブログを書いてアフィリエイトで稼いでみたり、フリマアプリを使っていろんな物を転売したりと。

そんな中で一番効率良くお金を稼げたのはお父さん代行サービスだと思います。

このお父さん代行サービス、その名前のとおり、とある人のお父さんを装う仕事なんですね。

例えば、これから結婚をするのだけれども、いろいろと訳あって本当の父親を結婚式に出席させる訳にはいかないのでその代役を勤めて欲しい!なんてニーズが世の中にはあったりする訳です。

相手の家族は親戚一同が出てくるけれど、こちらは親族が全くいないという設定の場合、そういう父親代役という仕込みが出来てしまうのです。

そんなクライアントから事前に「父親像」のプロフィールを受け取り、それを演じるのです。

例えば大手商社の会社員で、趣味はゴルフ、子供には十分な教育を受けさせてきたという感じの、絵に描いたような素晴らしい父親像と言った偶像を頭の中に叩き込み、結婚式の披露宴では完全にそんな父親になりきって臨むという副業です。

これ、最初の頃はマジでビビりました。

結婚式で代役という事がバレたらその場は修羅場になってしまいますよね。

ですから手元には偶像の父親プロフィールはメモして絶えず忘れないようにチラ見をして臨んでいました。

この副業、かなり実入りが良いんです。

僕の所には2時間くらいで1万円くらいのお金が入ってきました。

たった2時間で1万円と言う報酬は僕にとってはとても美味しい副業でしたね。

そんな美味しい副業でもちょっと後悔している部分は確かにあるんです。

披露宴が終わりに近づいた時、相手ご家族、ご親戚の方からこれからも宜しくお願いしますなんて涙を浮かべて、そして手を握られてお願いをされるんですが、まさか僕が本当はウソの父親で、代役だなんて言えませんよね。

幸せの絶頂にあるご家族やご親戚を僕は騙しているんだと思うとちょっと良心が痛みました。

でもこの副業、本当に効率の良い仕事です。

ネットでググるとたまにこの仕事が出てきます。

けれど父親の代役を仕事なので見た目としても父親らしくないとなかなか雇ってもらえません。

感じで言えば、モーニングがさらりと着こなせるような雰囲気を漂わせていないと雇ってはくれないでしょう。

でも、そんな雰囲気を醸し出せる自信がある人には本当にオススメの副業だと思いますよ。

ぜひ、機会があったらチャレンジしてみて下さいね。

40歳男 夜勤の医療事務 楽しかった

40歳会社員をしています。

システムエンジニアの仕事をしています。

高額なアルバイトと言えば、学生時代にやっていた泊まり込みの医療事務のバイトが高額でした。

正規の医療事務の人は夕方に上がってしまうので、そこから次の日の朝までの時間仕事をするのが自分の仕事になります。

15時間くらいの仕事なのでかなり稼ぐことができました。

その上、夜勤の間で来る患者さんといえば、救急で運ばれてきた人しかいないので、滅多に仕事があることがありません。

少ないときには、一回で2人くらいの患者さんの事務をすれば終わりということがありました。

ポケベルが渡されていたので、基本的には仮眠室で眠ることができました。

患者さんが来るとポケベルが鳴って仕事をするという感じです。

多いときには、1時間ごとに起こされるということがあったのですが、それも楽しい感じでした。

仕事をしていたのは、もう10年以上前のことになるのですが、今でもそのときの仕事のことは良く覚えています。

医療事務なのでそれなりの知識が必要になってきて、パソコンに入力するのに一苦労したのを覚えています。

そんな中、夜勤で先生と話すのもなかなか楽しかったのを覚えています。

働いていたときの心情は、とっても美味しい仕事をしているなと思っていました。

好きな本を持って行って、ずっと読んでいることができました。

これでお金をもらえるなんてすばらしいなと思ったのを覚えています。

後悔していることと言えば、特にはないのですが、もっと同時に働いていた先輩とのコネクションを持っておけば良かったなと思いました。

先輩はとても仕事ができる人なので、今でも繋がりを持っていたら良かったと思いました。

一緒に仕事の話をするときなどは、とても仕事ができる人だなと思って尊敬をしていました。

見ている人にアドバイスするとすれば、こういう美味しいアルバイトというのは転がっているということです。

一般に公開はしていないですが、口コミである仕事です。

31歳 女 調理センターを辞めてからの高額収入なクラウドソーシング

私の高額な副業としましては、主人の転職により年収が下がった中で調理センターに働きに出ても、血縁関係が非常に濃い、田舎暮らしの中でその勤務体系は想像を絶するような形でありました。

私は当初、主人の転職に伴い、新しい勤務先である団地から近い調理センターで働き出すようになったのですが、血縁関係ばかりで支配されている職場で新人イビリが相当酷かったのです。

ここから、私はパートであったのですが、調理センターを欠勤しがちになりまして、ついにダウンするような形で、調理センターを退職してしまうような形になりました。

そこから家で塞ぎこむようになりました時に、主人が「こんな気軽で手軽な仕事がある」として紹介してくれたのがクラウドソーシングであるランサーズでありました。

ランサーズであれば、個人の能力によって大型受注と言う形で個人でプログラムを組む仕事をもらえたり、その報酬は30万円のコンペ形式の仕事があったりする等、非常に豊富で多彩な仕事があり、個人能力によって頂けるお金も違ってくるので、ランサーズをやり始めてみることにしました。

私は、プログラムが多少できましたので、まずはタスクの仕事から始める形になり、そこから少しづつ実績を伸ばして行こうと思いました。

半年程経過した頃には、個人受注できる形となり、様々な方々から仕事を少しづつ頂けるようになりました。

これで非常に満足いたしまして、「毎日やること!」を目標にして、取り組むようにしました、すると最初の半年こそは、月2万円程度がせいいっぱいであったのですが、そこから、実績を積み重ねて信頼を築きあげていくような形となりました。

一年経過しました頃には、月の平均収入が5万円をこえることが多くなっておりましたので、これは普通にパートに出て働いて得ることができる収入と同程度のものでありましたので、これだけ貰えてる自分が信じられないと言う形でありました。

ここから、自宅で誰にも干渉されず、自分のペースで仕事ができるランサーズに魅了される形となり、今でも毎日ランサーズと向き合って自分の中で高額な収入を得れて満足しております。

ハタチの時、ガールズバーで働いたこと

現在23歳の会社員です。

自分がしたバイトや副業の中で
高額だったものを書いていこうと思います。

二十歳くらいの時に、ガールズバーで働いている友人がいました。

ある日その友人と食事に行った際に、バイトの話になり、聞いてみたら時給が他のバイトよりも高かったです。

1800円からスタートし二時間後には2000円、その一時間後は2500円と時間帯が深夜になるほど昇給していくというものでした。

そのほかにも、お客さんにドリンクを入れてもらえばインセンティブが入ります。

なので、深夜に働いて、ドリンクを毎回お客が入れ替わるごとに飲めばその分給料は上乗せされていくというものでした。

夜中に働くのも、お酒を飲むのも決して楽な働き方ではありませんし、健康にも悪いのは明らかなので、その分お給料が高いのは納得です。

まだハタチだったので、健康面などはあまり心配していなく、稼げるならやってみようか、という軽い気持ちで後日その友人に紹介してもらい、アルバイトとして入ることになりました。

昼間は会社員として働いていたので、副業という形で、週に1~2日だけはいるというゆるい形での出勤でしたが、お小遣い程度には稼げました。

入る時は、22時
くらいから出勤し、始発までどうせ帰れないのだからと、朝までシフトを入れていました。

だいたい店が5時くらいまでやっているので、客がいる時は朝まででした。

平日などで、客が少ない時は早めに上がらせられてしまいますが、週末や土日は朝までいるお客さんもちらほらいました。

そこで働いている女の子たちは自分と年が近い子が多くて、それには安心しました。

キャバクラなどとは違って、バーカウンターを挟むので、お客さんとの間にある程度一定の距離があるのもとても良かったです。

隣に座るというのではなく、おさわりなどもNGです。

お酒を作り、話し相手になるというものでした。

それでも、疲弊しますが、時給が高いのでやっていました。

若いからできたなあと思います。

47歳女 イメージと違っていた

私は現在47歳になりますが、20歳から21歳の頃、パーティコンパニオンのアルバイトをやった事があります。

求人のチラシを見て面接に行きました。

アルバイト代は2時間で3,000円でした。

時給にすると1500円です。

私のイメージでは立食パーティで食器を片付けたり料理を取り分けたり、そんなイメージでした。

しかし、面接ではお座敷の宴会でお客様にお酒をついで回る仕事と聞いて、ちょっとイメージと違うけど、やってみようと思いパーティコンパニオンのアルバイトを始めました。

しかし、宴会は2時間でも、旅館やホテルまでの道のりが長く移動だけで1時間はかかりました。

しかも、衣装が有り、宴会は男性のお客様ばかりで男性に慣れてない私は、始めの宴会で女性のお客様の場所から離れず、女性のお客様から「男の人にサービスしてあげて。

」と言われ、でも自分に自信も無かったので「続けられるかな。

」と挫折しました。

それから、自分に自信をつけるためにダイエットを始めました。

絶食に近い過激なダイエットです。

約半年で10キロ近くダイエットして、化粧や髪型にも気を使いお酒も飲めるようになって、自分を見失ってしまいそうになりながらも、男性ともお話して、ビールもどんどん飲んで、毎日のように宴会に入って、酔った勢いで騒いでカラオケもデュエットソングを覚えて、3ヶ月4ヶ月、過ぎる頃にはすっかり水商売に慣れてしまい、小さい宴会ではリーダーもやらせてもらい、調子に乗っていました。

その頃、就職の面接に行き、その事を社長に伝えるとすごく残念がってもらい、結局、就職の面接に落ちてしまい、それを社長に伝えると喜んでくれて、もてはやされて、若かったから本当に調子に乗っていました。

アルバイト代で服を買ったり靴を買ったり、やりたい放題でした。

父の死をきっかけに、昼の仕事で働こうとハローワークに求人を探しに行き私はトリマーの資格を持っていたのでペットショップに就職しました。

40歳、男性会社員 楽な幸せなアルバイト経験でした

私はつい2年前ほど本業以外に副業として大手物流倉庫で夜のアルバイトをしていました。

私は日頃は本業として40代、会社員として働いているのですが、諸事情によりお金が必要となったのです。

そして、私は色々とその夜のアルバイトを探していたのですが、その時インターネットで調べたところ、その大手物流倉庫での募集が掲載されていたのです。

ほとんどがアルバイトと言ってもせいぜい1000円から1200円ほどでした。

しかし、私がその見つけた大手物流倉庫での夜間のアルバイトでは何と1300円だったのです。

また、仕事内容としても非常に簡単でピッキングだけだったのですが、それだけで1300円も貰えたので物凄く得している気分で当時は働いていました。

また、始まりも終わりもほとんど自由だったのできちっと時間度りには終わってくれたので本当に良かったと思っています。

また、上司であるそちらの大手物流倉庫での役員さんが私達アルバイトの指導もしてくれるのですが、優しくて本当に助かりました。

作業手順なども時間の許す限り丁寧に優しい口調で教えてくれましたので本当に助かりました。

お金といい、人間関係といい本当に素晴らしいアルバイト先でした。

また、頑張っている人には更に仕事中に色々と融通を効かせてくれたのでした。

例えばですが、出来るからこそ他の人逹には頼まない仕事も私には頼んだりもしてきたのでした。

それに関しては特別にお金が発生することは無かったのですが、私は一応表面上は静かに黙って受け入れる方なのですが、内心は他の人とは割が合わないと思い時折手抜きすることもありました。

しかし、その分他の人よりは私は優遇されてはいたと思います。

今、振り返っても私の経験上やはりこのアルバイトが1番よかったと思っています。

お金も時間も共に効率よく利用することが出来たので。

他にも数えきれないくらいのお金以上に価値のある仕事なども教えてもらえました。

29歳男 バーテンダーは意外とハードな業務でした!

 こんにちは。

僕は29歳の男性です。

現在の職業としては自営業(フリーランス)をしております。

 僕は今の職業にたどり着くまでに色々な仕事をしてきました。

その中で最も印象的だった「バーテンダー」という副業に関して、今日は書いていきたいと思います。

 なぜバーテンダーになったか?というと、単純に「高時給が欲しい!」と思ったのがきっかけです。

そして、夜の世界にも興味があったし、何しろ「カッコいい!」と思ったのです。

 求人情報誌をあさり、良さげな「バー」に面接に行きました。

面接の結果はその場で「採用!」ということでした。

幸先いいぞ!と思ったのを覚えております。

 次の日から働くことになり、出勤しました。

ワイシャツに着替え、スラックスとジレを着込み、蝶ネクタイをしました。

そして、最初は雑用として補充やらトイレ掃除等を覚えました。

 先輩バーテンダーは厳しい人でしたが、とても人情があり面白い人でした。

今でもやり取りがあり、食事等にも行きます。

 ある程度勤務すると、お酒を造らせてもらい、接客を覚えていきます。

 ここまでくると勤務が楽しかったですね!お酒を造り、接客をする!この繰り返しですが、本当に面白い。

色んな人が来るので、それが本当に勉強になりました。

 いよいよ給料日!支給された給料の金額は、27万円でした。

副業としてはかなり良い給料ですよね!

 「おぉ!いいじゃん!やめられない!」と思いました。

ところが、27万円稼ぐにも苦労がありました。

結局のところ、拘束時間が長いし、手足も棒のようになります。

 半年目には手首の腱鞘炎に悩まされておりました。

それでもバーテンダーは楽しい仕事の一つだと思います。

 心情としては、やっぱりある程度の金額を稼ぐには、時間と身をある程度犠牲にする必要があるんだな。

と思っておりました。

 後悔していることは、ありません。

むしろバーテンダーをやってみて良かったと思っております。

 バーテンダーをやったからこそ、お酒に詳しくなり、カクテルにも詳しくなり、人を見る目が養われたように思います。

 最後になりますが、アドバイスとしては「20万円以上欲しい」ならば、時間と身を犠牲にする覚悟があるならば、バーテンダーをやってみてもいいと思います。

 バーテンダーに限らず、夜の仕事の裏方を副業にしている人も結構いらっしゃいます。

なにせ「高時給」なんですよね。

 時間と身を犠牲にするのがしんどい人は、もう少し優しい金額の優しい仕事を選ぶといいと思います。

41歳男性 デートクラブの話

現在41歳の男性です。

今は結婚して子供もいます。

バイトしたのは、25歳の時です。

年上の女性とデートしてお金をもらっていました。

始めたきっかけは、知人の紹介でした。

地元の先輩に顔が広い遊び人がいて、ある日電話がかかってきました。

当時私は仕事を辞めてブラブラしていたのですが、失業保険も切れ小遣いに不自由し始めた所でした。

先輩はそんな私の窮状を知ってか、稼げるバイトがあると誘ってきました。

登録制の会員クラブで、顧客は裕福な中年女性がメイン。

指名されたら一緒にデートしてお金をもらうと言うものでした。

デートクラブの男性版です。

それも会員登録は紹介のみなので危ない事はないと言われました。

危ないと言うより怪しい匂いがプンプンしていたのですが、お金に困っていた私はやってみることにしました。

京都の祇園にあるラウンジのようなところで面接がありました。

やたら目つきの鋭いお兄さんに、色々聞かれました。

何より顧客情報を流出させるのが厳禁らしく、万が一マスコミにでも流れたら安全の保障はできないなんてことを非常に遠回しに説明されました。

そして写真撮影があり登録完了。

自分でも見た目は悪い方ではないと思っていましたが、すぐに指名がかかりました。

指定された場所へ行くと高級車に乗ったお客様女性が。

すぐに乗るよう言われ、そのまま郊外のホテルで食事しました。

そのままそのホテルに泊まると言うので、けっこうお酒も飲みました。

朝まで一緒にいました。

それでお小遣いとして5万円もらいました。

その5万円は丸々私がもらって良いと言われていたので、店にいくら払っていたのかは知りません。

別の日に同じ女性ともう一回と、あとは他の顧客から何回か呼ばれました。

空いてる日を店に事前に言っておき、指名があれば連絡が入ります。

全く呼ばれない日もありました。

金額は大体3~5万円でした。

3ヶ月して、全部で40万円くらい稼いだと思います。

次の仕事が決まってやめました。

副業でしてもいいかなとも思ったのですが、ちょうど彼女もできたので、何かややこしい事になる前に撤退するのが良いと判断しました。

バイト自体は楽しかったです。

愚痴や自慢も多かったですが、結構いろいろな話が聞けました。

やっていたことを後悔もしていません。

ただ金銭感覚は少し狂ってしまう気はします。

女性相手の仕事でもホストは自分には無理だと思います。

普通の男子だからこそ、できたのかもしれません。

そういう層を求められていたので。

友人にはほとんど言っていません。

勧めようとも思いません。

やはりまっとうな仕事ではないので。

もちろん妻にも言ってません。

50歳女性が30代の頃にやっていた風俗で後悔したこと

現在は普通の派遣会社で事務系のお仕事をしている50歳オーバーのおばちゃんです。

今からもう20年近く前のお話です。

ちょうどその頃離婚しまして。

専業主婦でお仕事のスキルも何もなくいきなり飛び出したのでまともな就職も出来なかったのです。

かといって立ち仕事にも自信がなく、たまたま見つけた出会い系のサクラのバイトをしていました。

それ自体はまぁ割り切ってやっていたししょうがないかなーと思っていましたが、その時に一緒にたまたま見つけたのが風俗。

箱なしの違法風俗と言うようなものだったんだろうなと思います。

もうさすがに時効だろうから書くのですが。

当時は錦糸町で働きました。

元締めさんが出会い系サイトでお客さんを呼び、私たちが相手して、頂いたお金を元締めと半分ずつもらう。

なんだかんだ言って、一日平均で3~5万は頂いていましたね。

多い時は1か月で50万以上あったと思います。

最初は、ああ・・・私も落ちるところまで落ちたなーというか。

そんな感じにしか考えていませんでした。

一方で、サクラのバイトよりも実は罪悪感がなかったんですよね。

金額的には風俗の方が圧倒的に稼ぎはいい。

ただ、リスクも大きいですよね。

当然です。

いつ病気などを移されるかもわからないし、何かの事件に巻き込まれるかもわからないですから。

まぁ、幸いにも大きなトラブルに遭遇する事もなかったし病気にもかからずいられたのは本当に不幸中の幸いだったんだなと思います。

一方サクラは、身の危険はないものの、ようは男の人を毎日嘘をついて騙す仕事でしたからね。

正直ずっと良心の呵責というか。

同じサイトだったのか別のサイトだったのかは知りませんが、なんとなく、日々嘘をついて騙している人たちの罪滅ぼしになるかもなーなんて思っていました。

なので、正直言うと気持ちの上での後悔は実は今もあまりないのです。

後悔したのはそれだけ稼いでいたのに、同じところで働いていた女の子たちの付き合いでお金遣いが派手になって、結局引退するまでに貯金らしい貯金が出来なかったことかな。

そういうところで働いてる女の子ってみんな大なり小なり壊れていますので、やっぱりどこか普通じゃないんです。

お金遣いも荒い。

せっかく稼いだのにホストに貢ぐ子もいたし、パチンコしたり、高価なマッサージや毎週のように美容室とか。

精神的にもどこかおかしくて、中には「私のここは子供なんかうまない、お金を生むの、大事なの」ってうっとりしながらお腹を撫でてるような人もいて。

まぁ、それを見ちゃったから早々に引退しないとだめだって思えたんですけどね。

まぁそんなわけで、1年以上毎月50万くらい稼いでいたにも関わらず、全く貯金は出来なかったんです。

あれだけがっちりと貯められる時期はそうそうなかったのだし、せめて毎日1万でも貯めていれば良かったんですけどね。

 本当にバカだったなぁと今も思います。

もう一つは、離婚して置いてきた子供たちがいたんですが、その時期に私が何をしていたかは話せないですからね。

やっぱり子供に堂々と話せない仕事はするもんじゃないなって思いました。

同じような気持ちでいる方に言いたいのは、人間って案外強くてたくましい。

だから、今どんなに自分がぬかるみでどん底にいたとしても、足が棺桶に入っていない限りは、何歳になってからでもやり直せるから大丈夫、って事かな。

今は普通のお仕事をして、普通の彼氏が出来て普通に息子たちにも職場も話せて幸せです。

ただ、あの頃のことは話せませんけどね。

あれはもうお墓に持っていくしかないですから。

40代主婦デリヘルで稼ぎながら感じたこと

40代専業主婦です。

普通の高校を卒業し、家庭の事情があり、すぐに就職しました。

普通の一般企業で働き、日々業務に明け暮れる日々が続いていました。

今年も新入社員が入ってくるから指導頼むよ!と上司に言われ、自分の担当の新入社員を見ると、どう見ても夜の仕事をしていそうな雰囲気でした。

髪は茶髪、目はカラコンを入れ、服装は短めスカートで出勤してきます。

業務中の態度は普通なのですが、このようなタイプの新入社員の教育はどうしていいかわからない状態でした。

当時一人暮らししていたので色々悩むぐらいなら夜のお仕事もやってみよう!と思い立ったのがきっかけです。

全く安直な考えで入ってしまったのですが、色々と大変でした。

初めて入った仕事はデリヘルでした。

週に2,3日夜の11時から夜中2時までの勤務で帰宅後はくたくたになり、日々の通常業務にも差し支えるようになってきました。

それでも努力して稼いだ分だけ収入もあり、月に50万ほど稼いでいたと思います。

夜働いている中で一般的な世界とは違う夜の世界を知り、様々なことを感じました。

その中でも特に印象に残っているのは、男性の部屋の様子ですね。

綺麗にされている方もいますが多くの方は小さなちゃぶ台に缶ビール、食べ終えたコンビニの袋、ガラクタ、空いたペットボトル、お酒が好きな方は焼酎の大きなボトルの空いたものが数本置いてあったり、たばこの吸い殻が山のように盛られていたり、亡くなった奥さんの遺影が置いてあったり、ほんとに人生いろいろあるんだと感じました。

デリヘルという名目で来ても話し相手が欲しくて呼んだといわれる方もいて、お客様の人生相談受付みたいだなと感じてしまうこともありました。

話をひとしきり終えると、今日は話せてよかった、今後僕はどうしようかと考えていたんだよと言われることもありこの人の人生の一部分の手助けができたんだと感じました。

でもいい話ばかりではなく、デリヘルには危険も常時付きまとっています。

もし身の危険を感じたら逃げられる手段を考えながらお仕事していただきたいと思います。

長い話になりましたがご清聴ありがとうございました。

51歳 女性 なんて楽ちん!

現在は、親の介護をしているので働いていませんが、以前本業をしながら単発のアルバイトをしていた経験が有ります。

本業に就くまでの間つなぎで高級割烹屋で客室係をしていました。

その時に同じ様に働く私より10歳年上の女性がいました。

聞けば、その女性はこの仕事とは別に自分で『派遣会社』を持っているとのことでした。

派遣会社と言っても、オフィスワークでは無く、夜の仕事の派遣会社でした。

内容は宴会などでお呼びがかかった時に単発で行くコンパニオンの会社でした。

誘われたので、試しに行ってみました。

交通費は実費ですが、企業の宴会にコンパニオンとして2時間お酒の相手をするだけの仕事でした。

終了時に参加したコンパニオンが集まり、1人当たり5000円の報酬を頂きました。

時給で言うと2500円!『なんて高額!』と思いました。

それからもお誘いが掛かった時は行きました。

通常は月に2.3回位でしたが、多い月は10回位行きました。

1日に2回行ったことも有りました。

本業が決まってからも月に2.3回位ですが行ける日は行く日々が続きました。

特に年末年始は大忙しでした。

たまに、延長されるとこがありました。

その時は延長料金として1時間3000円頂きました。

3時間勤務で8000円にもなりました。

お小遣い稼ぎとしては嬉しい金額でした。

報酬とは別にご祝儀として頂くとこもありました。

ですが、良いお客様ばかりではありませんでした。

中には触ってきたりするお客さんもいて嫌な思いをしたことがあります。

嫌な思いまでして、いくら高額なお金を貰っても後味が悪いと後悔しました。

本業が忙しくなってきたのでお誘いが来ても断る事が多くなり、次第にお誘いも掛からなくなりました。

深入りすると、私は器用ではないので、本業と副業が分からなくなり両方共にいい加減な事になるかもしれないので今思えば、のめりこむ前で丁度よかったのかもしれません。

その後は本業だけの生活ですが、充実した日々を過ごしています。

時々、欲しい物が有り、お小遣いが欲しい時が有りますが、コツコツ貯めて購入するようにしています。

31歳男 蒸し暑さで激ヤセ

私は現在30代で会社員をしていますが、10代の頃から様々なアルバイトを経験しました。

その中で、仕事内容はともかく「稼げたなあ」と印象に残っているのは、深夜の食品工場でのアルバイトです。

無料のアルバイト情報雑誌を見て応募したのですが、求人広告には
・簡単な軽作業
・0時から9時まで
・時給1350円(6時以降は1050円)
・特別手当あり

働くなら深夜割増が加算される夜勤を希望していたので、その条件はクリア。

その他もアルバイトとしてはかなりの好条件が並んでいたため応募してみました

自宅から自転車で通える距離にある食品工場で、そこではコンビニエンスストア向けのお弁当を24時間稼働で作っていました。

勤務開始から数週間は製造ラインに入り、ベルトコンベアに乗って流れてくるお弁当におかずをトッピングする作業をしていました。

非常に根気のいる作業でしたが、給料の良さを考えたら確かに内容は簡単だし、割のいいバイトなのかなと思いながら延々と具材を乗せる日々。

しかしある日「〇〇君は今日からこっちやってもらうから」と社員に言われ連れて行かれたのは「炊事場」
お弁当に入れるお米を炊く作業です。

まず最初に感じたのは「とにかく蒸し暑い」

大きな釜からは蒸気が吹き出しており、その熱風が頭巾とマスクをしていても襲ってきます。

私はアシスタントのような感じで主に力仕事を担当しましたが、とにかく暑くて汗を大量にかきます。

実は求人広告に記載されていた特別手当というのは、この炊事担当に支払われるものだったのです。

この手当で月3万円程度プラスされることになりますが、キツさを考えたら正直微妙。

さらに私の勤務時間の0時~9時に製造する分は、一番お弁当が売れるお昼の時間帯にお店へ並べられるため、その製造量は半端じゃありません。

炊事担当になって初めての給料日。

総支給額は30万円近くになっていました。

深夜割増、時間外手当、さらに炊事担当への特別割増のおかげですが、その代償として1ヶ月で5キロも痩せました

食品工場は担当する現場によってキツさが全然違いますので覚悟が必要ですね。

28歳女性が転職活動をしつつ生活費を稼いだ方法

現在はWeb業界で働いているのですが、現在の職業に就くまではWeb業界未経験だったので、勉強するかたわら生活費を稼ぐために試食販売の人材派遣会社に登録し、仕事をしていました。

もともと情報技術系の国立大学を卒業していますが在籍中の飲食店でのアルバイトをきっかけに接客業の魅力にはまり、大学卒業後は宝飾店で販売員をしていました。

その後、体調を崩してしまったことをきっかけにもともと希望していたデザイン業界の会社に就職したいという気持ちが高まり、チャレンジすることを決意しました。

ただデザイン業界/Web業界では未経験者の募集がほとんどなく、すぐに就職先は見つかりませんでした。

また、デザインソフトやWeb制作の技術は日々新しくなっているので、大学で学んだ知識だけでは太刀打ちできないことがわかってきたので、時代にあった技術を吸収しつつ勉強し直す必要がありました。

転職エージェントに登録し、最新の技術を勉強しつつ生活費を稼ぐためにアルバイトをすることにしました。

面接などの転職活動をするには勤務日の融通が利く仕事を探していたところ、日雇いの試食販売員の仕事を見つけました。

試食販売員は通称「マネキン」と言われ、私が在籍していた事務所は日給7,500円、2日以上連続勤務だと1日あたり8,000円の報酬をいただけました。

基本的に1日のみの仕事ですが、派遣先のスーパーやデパート、メーカー主催のキャンペーンなどにより2~7日間くらいの勤務になることもありました。

不安だったことは基本的に1日単位の仕事で、月収が不安定なことでした。

幸い事務所から信頼いただけていたので毎週仕事をいただけましたが、メーカーからの依頼件数に変動があり、繁忙期もあれば閑散期もあるので「今月やっていけるだろうか。

」という漠然とした不安が常にあり、仕事の依頼があるたびに安堵する、という心情でした。

日給は普通のアルバイトに比べ高いと思うので、家族の扶養に入っている人や学生にはお勧めできますがマネキン一本で生活していくには覚悟が必要です。

ただマネキンは個人事業主にあたるので、安定している仕事をしつつ副業としてやるにはお勧めです。

30代女性 パーティーコンパニオン 稼げるけど精神的に疲れる

こんにちは、30代女性のカナです。

ずっと派遣社員として働いていて、東京で1人で暮らせるくらいのお給料はもらってました。

ただ、もう少し貯金をしたいなと思って収入のいいアルバイトを探し始め、30代のはじめ頃に2年ほどパーティーコンパニオンという仕事をアルバイトでしていました。

「コンパニオン」というとなんだかいかがわしいイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。

主な仕事内容は企業などがホテルの会場で開くパーティーで飲み物を配ったり食事を取り分けたり、お客様と少しお話することです。

登録する会社によって多少内容が異なり、田舎の小さな会社だとそれこそいかがわしいところもあるので、登録会社はしっかりと選んだほうがいいですよ。

私は都内にある老舗のコンパニオン派遣会社に登録しました。

報酬は2時間の実働で8,000円(交通費こみ)と高額です。

ただ、メイクやヘアセット、ホテルへの入館に時間がかかるので集合は1時間半前になります。

なので、約4時間の拘束で8,000円のギャラです。

パーティーコンパニオンはその名のとおりパーティーに派遣されるので繁忙期と閑散期があります。

忙しいのは賀詞交換会などがあるお正月と株主総会がある5~6月あたりです。

繁忙期は1日2本の仕事に入れる日もあったりしますが、それ以外の時期はあまり仕事がなく、少ない仕事はベテランに振り分けられるので新人には仕事がきません。

繁忙期は人手が足りないので面接に合格すると社内で簡単な研修を受けてすぐに現場に派遣されます。

パーティーにもいろいろな形式があり、立食の大人数の会場だと本当に慌しく2時間ひたすら飲み物を配って終わります。

一方、着席のパーティーでは飲み物を配る他にスプーンとフォークを片手で操って料理を綺麗にサーブしなければいけません。

これは慣れないと本当に難しいです!

あと、衣装は基本はブラウスとロングスカートのドレスで、高いヒールのパンプスを履きます。

私が登録した会社はドレスはかしてもらえましたが、靴は自分のものが必要でした。

メイクや髪型は全部決まっていてそれを自分で準備できないといけません。

あと、一番大変だったのが「女の世界」ということ。

この仕事は私のように別の仕事をしながらアルバイト感覚でやる人がいる一方、コンパニオン一本で本業として働いている人もいます。

そういう人たちはこの仕事にプライドを持っているのでとても意識が高いです。

また、お客様はコンパニオンを1人依頼するのに2万円くらいの高額な料金を払います。

そのため、身だしなみやふるまい方、仕事の仕方について先輩たちはものすごく厳しいです。

もちろん人にもよりますが、注意の仕方や怒り方、控え室での席順や話しかけ方などいちいち「女の世界だな~」と感じることが多く、私はこれがかなりストレスでした。

ものすごく割りのいいお仕事ですが、仕事中はお客様に粗相がないように気を遣うし、先輩にも気を遣うしで私は疲れてやめてしまいました。

そのあたり、気にならない方であればお正月と6月頃に集中して働けばかなりお金は稼げますよ。

22歳 ソープ嬢 とにかく病気が怖かった 

当時私は22歳の大学生でした。

親と喧嘩をして仕送りを打ち切られ、それでも大学だけは卒業したかったので割のいいバイトを探しました。

最初は出会い系サイトで援交をしていたのですが、相手を探す手間が思ったよりかかることや怖い思いをしたこともあり、もっと効率よく稼ぐ方法を探して店舗型の風俗にたどり着きました。

ソープランドというやつです。

コスプレ系の店舗でそういった衣装が似合うタイプだったこともあり即採用されました。

お金のためとはいえ、正直楽な仕事ではなかったです。

日払いなので銀行に預け入れしたときの通帳の数字だけが楽しみでした。

一番の心配は病気でした。

学校で勉強していたことが看護系ということもあって、感染症に関する知識はあったのです。

スキン着用は各々の嬢の裁量に任されていましたが、スキンだけでは完全に病気を防ぎきれないのは分かっていたので、お客さんがついたときは稼げるということでホッとするのとこのひとが何か病気を持っていたら不安になるのと半々でした。

実際に喉がクラミジアにかかって病院に行ったこともあります。

オーラルセックスで感染したようでした。

抗生剤を服用して治りましたが、店が暗にスキン着用をしない生サービスをすすめてくることもあり、いつもっと重大な病気かかるのか、あるいはもうかかってしまったのではないかと夜眠れなくなることもありました。

結局大学の授業料と当面の生活費の百万ちょっとを稼いで足を洗いました。

直接のきっかけは彼氏にバレたからです。

良心が痛んで別れることを提案したのですが、彼は応じてくれず、店をやめました。

正直そのあと数年はセックスしても店で仕事していたときのような気分になり、不感症気味になりました。

彼氏にバレた理由は、店のホームページです。

顔出しはしていなかったのですが、モザイクでも私だと分かったようです。

そう言われてみると知ってるひとから見れば、顔の輪郭や体つきで結構分かります。

実際とは相違するかもしれないけれど、絶対に身バレしたくないひとはウィッグの着用をして撮影をするといいと思います。

仕事をやめたあと一通りの性病検査を受けましたがすべて陰性でした。

結果オーライとはいえ神経質な自分はノイローゼ気味になり、あまり自分に向いている仕事ではないという感想を持ちました。

20代女、コンパニオンのアルバイトで高額報酬をもらいました!

42歳の主婦です。

20代の頃に、コンパニオンのアルバイトをしたことがあります。

コンパニオンのアルバイトをした経緯は、ナンパで知り合った男性がコンパニオンの会社を経営していて、コンパニオンが足りなくて、アルバイトしてほしいと頼まれたことです。

2時間の仕事で1万円の報酬がもらえると言われたので、すごいなーと思いました。

その時は、何も考えずに頼まれたからやってみようという感じでチャレンジしました。

事務所に行くと、スーツやワンピースがたくさんあり、好きな服を貸してもらえました。

洋服を着替えて、宴会場に行きました。

宴会場では、20人ぐらいで、会社の飲み会をしているみたいで、私たちコンパニオンは、お酒をついで周りました。

お酒をついで周り、話を聞いたりして、自分も楽しめました。

ただ、エッチな話をしてくる人もいて困ることはありました。

その後、気に入ってもらえたみたいで、バーで2次会が行われ、延長料金で私たちもついていきました。

 

連絡先をしつこく聞かれましたが、事務所に怒られると言って断りました。

結局、2時間と延長1時間で12,000円の報酬をもらいました。

3時間で12,000円は、すごいなーと思いました。

それから、もう1回、コンパニオンをアルバイトをしましたが、今度行った、宴会場では、エッチな人が多くて、かわすのが大変でした。

やっぱり、酔っぱらいを相手にする仕事って大変だなーと思いました。

お金は、よいけど、私には、向いてないなーと思い、アルバイトを辞めることにしました。

当時、彼氏もいたので、彼氏にも悪いなーと思いました。

ちょっと後悔しました。

コンパニオンのアルバイトは、高額の報酬がもらえるし、お酒も飲まなくてよいのですが、酔っぱらいの対応が本当に大変です。

酔っぱらうと、胸をさわろうとしてきたりするので、困りました。

どうしても急にお金が欲しい人には、おすすめですが、酔っぱらい相手で大変だから、あまりおすすめできません。

40才女 夜は風俗嬢

40才女性です。

20~22才の頃風俗で仕事をしていました。

社会人になってクレジットカードの契約が簡単に出来るようになり、使い方の意味もよく分からず何枚も作って、限度額まで使い込んでしまい毎月の返済に追われる事になって。

昼間は普通に会社員として働き夜のみ風俗で仕事をしていました。

17時から毎日終電まで、週に5日。

若さが理由なのかお客さんがどんどんついて、指名も増え、毎月60万以上稼いでいました。

おかげでカードの借金はあっという間に返し終え、貯金は最初のうちは貯まりましたが
毎日3万位稼いでしまうので次第に金銭感覚が麻痺し、使う一方となり、貯金もしなくなりました。

来てくれるお客さんと飲みに行ったり、昼間も会ってデートしたり、とにかく沢山誘われるのでモテるつもりになってしまっていたので、自分磨きの為にエステに行ったり、洋服も沢山買ったり、毎月美容院にも行って。

かなり派手な格好をしていたと思います。

その仕事を辞めた理由は性病にかかった事です。

発見が早く重篤にはならず数回の通院で完治したのですが、彼氏にも同じ病気をうつしてしまい、浮気をしていると勘違いされ(仕事の内容上、浮気みたいなものですが)別れる原因を作ってしまいました。

その時に性病の事を改めて詳しく調べ、恐怖を感じ、もし取り返しのつかないような事になってしまったら将来が真っ暗だと思い足を洗いました。

その後は昼間だけの仕事に戻り現在に至ります。

後悔しているのはやはり自分の体を簡単に見知らぬ男性に捧げてしまった事です。

いくらお金が稼げる仕事とはいえあまりにも軽率で未熟な自分を恥じるばかりです。

もう20年たった今もその頃の仕事で自分がしていた事が夢に出てきます。

すごく気持ちが悪くなり、飛び起きると汗まみれになっています。

あとは男性をあまり受け付けなくなってしまい、近寄られるのも気持ち悪く感じてしまうようになりました。

お金に困っている皆さん、
どうしようも無く風俗の世界に飛び込んでしまう方もいると思いますが、安易に考えず、出来れば違う仕事をして、自分自身を大切にして欲しいです。

将来後悔する事になるかもしれないからです。

27歳女 風俗嬢 簡単ではないお仕事

普段はオフィスで事務をやっているしがない20代女性です。

趣味は若手俳優の推し追ったりスマホゲームでアイドルを育てたり…(笑)
そんな私は、今はもう退職しましたが、数年前に風俗で働いていました。

ジャンルでいうとホテヘルです。

何故風俗嬢になろうと思ったか?若手俳優を推すのにたくさんお金が欲しかったからです。

当時推していた俳優はロングスパンの舞台に出ていて、地方公演なども含めて感激しようとするととてもじゃないけど普段の給料じゃ賄えませんでした。

正直かなり悩みましたが、その間にまた次の舞台出演が決まりもう時間がない!と思って求人サイトから大手グループの求人に応募しました。

ただのホテヘルではなくイメクラだったのと、お店のイメージとちょっと自分が違っていたこともあってなかなかお客さんは付きませんでしたが、年末の時は1日6万稼いだりしていました。

良心的なお客さんがほとんどでしたが、稀にいきなり指を膣に突っ込んでくる人や挿入したいという所謂本番強要客もいてただただ疲弊していました。

体調を崩したり性器付近に違和感があるだけで病気を移されたかな?と不安になったりもしました。

普段は週1~2程度の短時間出勤だったので月10万もらえるかどうかでした。

待機の際にお店が暇だったり自分だけがお客さんついてくれないなぁなんて時は、何故こんな場所で時間を無駄にしているんだろうとものすごく悲しくなる時があって、その度に時給制のバイトした方がマシなのかな?と思うことも多かったです。

でもお客さんがついたら1本60分でも1万以上は貰えたので、普通のバイトで8時間働いてへとへとになるくらいなら裸になる方がいいやと思う。

また暇になると辞めた方がいいかな?と思ってしまう、その繰り返しでした。

あることがきっかけでストレスを溜めない生活をしなければなくなったので、風俗からは上がりましたが、大きな病気になることもトラウマになる出来事もなく、またスタッフにも恵まれていたので後悔はしていません。

あるとすれば自分のカラーに合ったお店に入っていれば良かったなーというぐらいです(笑)

よく風俗などの高収入な職に一度ついてしまうと辞められない、辞めても出戻りする方が多いと聞きます。

確かに私も実は辞めてからまた性感エステに勤務したことがありました。

今は辞めていますが…。

私がきっぱり辞められたのは自分の体を大切にしたいと思えたことと、何よりちゃんと定職に就いていたからです。

風俗嬢は体が商売道具です。

性病にかかってしまったりすれば、例え無症状であっても出勤ができません。

そうすれば収入は0です。

そんな不安やリスクが付きものなのが高額バイトだと思います。

私のように趣味のためにこれから風俗を始めようとしている女の子がいるのだとしたら、絶対に軸となる収入源は確保・手放さないようにしてほしいと思います。

28歳女 キャバクラ 簡単そうで難しい仕事でした

3児の子を持つ、どこにでもいる至って普通の主婦です。

数年前、元夫が転職した際に金銭的に厳しい期間がありました。

早朝と日中でパートを掛け持ちするも生活費を工面できるまでには至らず…結局時給と勤務体制に惹かれ、週に数日キャバクラで働くこととなりました。

19:00~1:00までの5時間勤務だというのに生活が潤う程度にまで稼げて、その点は本当に助かりました。

ただ、わたしは元々コミュニケーション能力が乏しいため、初めましてのお客様との会話にとても苦痛を感じていました。

お酒で誤魔化せるところがメリットではありましたが、お客様を退屈させてるなと感じることも多くあり、お酒を美味しく飲めた印象は皆無です。

他のキャストとも親しくなるつもりが無かったので、あまり馴染めず退屈でした。

いわゆるごく一般的なキャバクラでしたので、過剰な接客などの無いお店だったのですが、キスや抱擁、脚のお触りなど普通のことのようで、胸を揉まれることなどもあり、顔がこわばってしまう場面もたくさん経験しました。

また店長に怒鳴ったり、店内で急に暴れだすお客様もいて、早く帰りたいなと何度も思っていました。

帰りは終電が無いため、送りといって毎回500円を支払ってスタッフさんに家まで送ってもらっていましたが、運転が荒かったことで不安になる節が多々あり、トータルしてキャバクラという仕事はわたしには向いていませんでした。

遅い時間に帰ってきて子供の寝顔を見ると、わたしは何をしているんだろうと思ったり、呑気に寝ている元夫に怒りの気持ちが湧いてきたりもしていました。

ある程度の生活が送れるようになったので、結局数ヶ月で退職しましたが、もう2度としたくない職業となりました。

その後離婚を経験して、また金銭面的に厳しい時期がありましたが、時給や勤務体制で職業を選ぶことはしなかったです。

わたしの考察ではありますが、キャバクラは比較的難しくない職業ではありますが、初めましての人とも難なくコミュニケーションが取れ、潔癖ではない人に向いていると思います。

聞く能力に長けていると、業界内でトップにいけるんだろうと思います。

わたしには向いていませんでしが、良い勉強になりました。

41歳男性:手っ取り早く稼ぐなら総合病院専門のタンク内清掃

皆様初めまして私は都内に住む男性です、私が実際に働いた高額バイトに関するお話しをさせて頂きたいと思います、宜しければ最後までお付き合い下さい。

私がこのバイトを見つけたキッカケは知人からの紹介でした、当時私は特にお金に困っていた訳ではありませんでしたが、どうせバイトをやるなら給与は高いほうが良いという考えで求人情報を日々チェックするという毎日を送っていました。

そんな時になかなかバイトが決まらない私に仲が良い知人から良いバイトがあるんだけどやってみない?という話を持ち掛けられました、私はどんな仕事?給与は良いの?と知人に尋ねました、すると知人は仕事事態はどちらかというと肉体労働の部類になるんだけど給与はメチャクチャ良いよ!という事でした、そして仕事の内容を聞くと‥総合病院を専門とする排水・汚水タンクの清掃業という事でした。

私は何のこっちゃ?という感じで知人の話を聞いていました、そして給与の事を聞くとナンと!日給40000円は確実に貰えるよ!という事でした‥私はそれを聞いてヤル!と即決しました、これがこの高額バイトをやる事になった最初のキッカケです、ちなみに時期は2009年の事でした。

それから私は知人の紹介で総合病院を専門とする排水・汚水タンクの清掃会社に面接を受けに行きました、会社名や所在地に関しましてはプライバシー等の関係もありますので控えさせて頂きますご理解下さい。

面接に行くと知人からの紹介という事とこの業界は給与は高額ですが仕事のキツさで人手不足らしく私は数分で採用されました、この時私は仕事のキツさ?という言葉に引っ掛かりましたが‥まぁ!水商売以外の昼間の仕事でこんな高額な仕事は無いと思い働く事になりました。

そして初出社の日を迎え、私は初日だし張り切って会社へと向かいました、そして会社に集合してから一つの現場(総合病院)に4人で行く事になっていました、私は皆さんと一台の作業車に乗り現場へと向かいました、現場に到着するとデカイ総合病院で私達作業員は防護服を着ました‥私はやたら厳重だなぁ‥と思いながらも防護服を身に付けていました‥するとナンと次は酸素ボンベを担ぎ酸素マスクも装着し始めました‥この時私は内心‥オイオイ!オレは消防署にバイトしに来た訳じゃ無いぞ‥と心の中で突っ込んでいました。

そして私は装備が終わり社員さん達について行き、社員さんが私に言ってきました、このマンホールの下に排水・汚水タンクがあるんだけど、今日の現場は医療タンクの清掃だからちょっとというかかなり辛いから覚悟しておいてね!とニヤニヤしながら言ってきました‥。

そして私は社員さんの後に続きマンホールの中に入って行きました、しかしまだタンクらしき物は見当たらず‥キョロキョロしていると、社員さん達は馴れた様子でドンドン更に下へと降りて行きました、私は必死について行きましたがハッキリ言ってこの時点で酸素ボンベの重量と防護服のお陰でバテていました‥。

しかしです‥次の瞬間でした‥社員さんがついたよ!ココが現場だからと私に言ってきました‥ココって何処にタンクはあるんですか?と聞くと‥この密閉式のマンホールの中にタンクがはめ込まれているんだよ、だからココからは酸素マスクしておいてね!と言ってきました、そしてマンホールを開けた時でした‥ナンとそこは地獄絵図のような光景が広がっていたのです‥。

タンク内には手術室やらから出る患者さんの血液を掃除したナプキンやら手術室の床を水やら消毒液で洗い流した血液混じりの汚水がタンマリと貯まっていたのです‥、私はこの瞬間気分が悪くなってしまい‥その様子を見ていてくれた社員さんが私に中に入らないで良いから上で清掃機材の受け渡しだけお願い!と言ってくれました。

私はこの日なんとか作業を終え‥地上へと戻ると‥ナンと身体全体から生臭いというか肉が腐った匂いがしていました‥、すると社員さんは私に言いました、この匂い2日は取れないよ!と‥私はその日会社から帰宅して風呂に入りましたが、匂いは微かですが残っていました‥。

私はこのバイト失敗したかな‥と本当に心から思いました‥しかし知人の紹介という事もあり顔を潰す訳にもいかないな‥と思いイヤイヤながらも何とか1ヶ月間が経ちました、そして給料日に私は金額を見て驚愕してしまいました‥ナンと70万円が給料袋に入っていたのです‥、私は週3日でバイトに入っていたので、月に15日程度です‥私は社長に間違いでは無いのかと聞くと‥社長は間違って無いよ!ご苦労さんね!また来週も宜しくね!と‥言われました。

私はこの金額を見てもう少し続けてみよう‥と決心した事を今でも覚えています、そんなこんなで結局私はこのバイトを2年間続けて約500万円強稼ぐ事が出来ました、そして私がこのバイトを辞めた理由はただ単に他にやりたい事が出来たからです、皆様にこの業種をオススメする事は私には出来ません‥がお金を稼ぎたいと思っている方には手っ取り早いと思います。

以上で私が実際に働いた高額バイトに関するお話しをさせて頂きました、最後までお付き合い下さいましてありがとうございました、それでは。

22女1日3万稼げた

私は今はもうこのバイトは行っていませんがむかしお金がどうしても必要な時にこのバイトを始めました。

行動した経緯や時期は経緯はパソコンでそういった情報が乗っていたからと時期は冬場の寒い時期に行いました。

働いたところは自宅です。

というか自宅でできる高額収入が得られる仕事でしたので。

そしていくらくらい稼いだかというのは一日に3万円くらい稼ぐことが出来ました。

その時の心情はこのお金は大事にしようと思いました。

なぜなら本当にお金に困っていたからです。

汗水流して働くのと同じようにしっかりとこのお金はなくさないようにしようと思いました。

そして後悔していることは主人や子供に黙っていたことです。

あまりいいことではないと思っていたのでそこまで詳しく話をしていません。

見ている人にアドバイスがあるとしたらこの仕事はあまり旦那さんがいると良い気持ちにならない仕事だと思いますのであまりお勧めしたくないですがお金がどうしても必要だと思っている方がいるのであれば是非やってみてくださいという気持ちがあります。

なので私がやっていた仕事というのを少し紹介したいと思います。

私がやっていた仕事はチャットレディという仕事です。

この仕事は高額のお金をもらえるという事で主人が仕事の時に沢山行っていました。

これを主人に話すと離婚されると思いますしいい方向に進まないと思いますので今でも黙っています。

しかしこの高額なバイトはとても良い感じの仕事でした。

ただ自分がコンタクトをとりたい方とお話をすればするだけお金がもらえてしまうという事だったのです。

とても良くないですか?ただお話をするだけですよ。

色々としなくちゃならないことはありますがお話をメインでお金が稼げるってすごいことだなと思ったのを覚えています。

用意するものはパソコン化スマホがあれば大丈夫でしたのでそこまで難しくありませんでしたよ。

もしこれからあなたが行いたいと思うのであれば登録は必要ですがやってみてもいいんじゃないかなと思います。

30代前半  男性  鳶職は健康平生が第一、

「鳶職」のバイトでチョット高給を頂いてます、

今現在は農家の跡取りとして農業に従事していますが、農閑期になると都会へ出てアルバイトで特殊な仕事をしながら小金を稼いでいます。

 特殊と言ってもチョット変わった仕事になりますが、私は高校を出た当時はヤンキーだったことも有って若い頃は「とび職」の仕事をしていました。

 会社の名前といいますと一人の親方のもとで仕事をしていましたので、○○組という一応の名前はついていましたし、立場上の仕事というのは或る中堅企業の建設会社の直系の下請けということになります。

今現在では昔なじみの其の会社で年に数ヶ月程度、バイトをしていますが、直接的な仕事というのは高層ビルの建物の建設のための足場組みや解体、その他にも高層建築物の資材の運搬や建築とび職人さんの手元職や補助的な仕事になります。

 その他にも合間が出来たら親方のもとで建設中の建物の汎ゆる雑務的な仕事もしていました。

お給料はと言いますと特殊な仕事だけに普通の高級サラリーマンと同じ程度は戴いていたと思いますが、時給にすると2000円ほどで月にすると30万円前後だったでしょう。

 勤務時間は特に決まりの時間という或るようでないようで、極端な話、明るくなってから暗くなるまでと言った感じでした。

 勿論、残業手当などというのはなかったが、忙しかった時などは特別手当などが支給されていました。

鳶職の仕事の感想ですが、一般的には建物を建てるときは、必ずといっていいくらいに鳶職の方のお世話になります。

 特に高層のビル建築には危険や天候にも左右されれますし、何れにしてもいくら機械化や自動化の時代になっても基本的な鳶の仕事というのは大切でなくなりませんね
此等の建物を造営するためには身軽で器用な鳶職にとって造られてきましたが、今も超高層のビルを始め東京タワーや東京スカイツリー等は主に鳶の職人が主体となって造られたといっても過言ではありません。

 

63歳男性社長の棚からぼたもちバイト。

グラフィックデザーナーとして銀座の制作プロダクションに入社し数年の経験を積み、34歳の時に自分の制作会社を持ちました。

現在は既にリタイアしておりますが、社長であるのにも関わらず心ならずも副業という形で収入を得たことがあります。

そのお話を2つばかりしましょう。

私も周囲関係者には知られた存在になっていたので、知り合いから仕事上の助言を求められることがままあります。

例えばこんな依頼がありました。

ある日知人の紹介で直接は面識がなかった会社の人から、「2ヶ月かけたパンフレットのデザインがクライアントの社長が気に入らず、NGが出てた」というものでした。

先方には事務所に来てもらいそのデザインを見たところ。

可愛らしいイラストなどが使われた楽しく出来上がったデザインスケッチでした。

少し話を聞くとマンションオーナー企業が、居住者向けに投資を進める内容のパンフレットでした。

それでは一般受けするものではなくもっとフォーマルで高級感のあるスタイルがいいのではとアドバイスしたところ、クライアントの社長から一発OKが出たと連絡があり、15分のアドバイスにも関わらず8万円いただきました。

もう一件ご紹介します。

知り合いのプロダクションからの相談でした。

500ページの大型カタログの新規受注の打ち合わせがあるが、手強い相手で自社には対等に話ができる人間がいないので助けて欲しいと言われ、その会議に出席しました。

先方は大手印刷会社企画部の人間が3名と著名な京都のアートディレクターでした。

その人は今回の仕事のためにわざわざ東京に招聘され、帝国ホテルに半年間宿泊するというのです。

もちろん費用はその印刷会社の負担です。

その会社のデザインは決して優れたものではなかったのですが、デザイン、コピースタッフの他に、写真部と自社スタジがあります。

その組織力か買われたのでしょう、仕事が決まればこれから半年、その京都のディレクターの配下となり、ガムシャラに働くことになるのです。

会議位は2時間ほどで終わりましたが、なかなか充実した内容でした。

そして仕事が決まりました。

私はその場でお役御免でしたが、ギャランティとして25万円いただきました。

時給12万5千円ですね。

こんな副業が時々あります。

ただ積極的に商売にしようとは考えなかったので、ギャランティは相手次第。

中には半日講義を行って、中華料理をいただいただけなんてこともあります。

もう少し商売っ気を出せばよかったかなとも思っていますが、会社で働いている社員には少し後ろめたさも感じました。

私としてはボランティアのつもりでしたが…。

28歳男性 農家のバイトで都会よりも多く稼げた

私は20代後半男性で仕事の収入はあまり多くないと思います。

今はお金が欲しいので副業やバイトには興味を持っています。

実際に私はお金が好きな性格でそれを自由に使いたいと思っています。

過去には身近なバイトや仕事をしましたが儲からなかったです。

それで諦めていてインターネットで儲かるような副業を探していました。

時期としては季節の変わり目で良い感じだったと思います。

仕事を変更したいと思っていたので情報が欲しかったです。

仕事はフリーターで長続きしないことがありました。

私はある時に良いバイトがあると家族から言われました。

それは田舎の農家の手伝いをするという内容でした。

人がいないのでお金を出すという話だったと思います。

私はその報酬が良かったので田舎で作業をするようにしました。

具体的には農家の作業を手伝うというものです。

果樹園の手伝いで消毒や木の世話をしました。

そのバイトは高収入で街中では得られないお金が入りました。

素直に田舎の農家は高い報酬を出すので良いと思いました。

またそれだけこういう難しい仕事をする人がいないのだと感じました。

私はこのバイトで一ヶ月で数十万くらいのお金を得ました。

ボーナスとしては野菜や果物を売り込みに行くと貰えました。

それで良い金額で売れると私にもボーナスが入りました。

また農家から食事も出たのでお金が集まりやすかったです。

稼いだお金の他に食費も助かったという感じでした。

このバイトは食事込みというもので効率は良かったです。

怖かった部分が田舎に野生動物が出てくることでした。

農家は対策グッズを使って鳥や猿などを追い払っていました。

私は猿や鹿などを見たことが少なかったので驚きました。

それらが畑に侵入してきた時は怖くて逃げた記憶があります。

アドバイスとしては田舎には稼げるバイトが多いと思います。

これは都会よりも良いので他人にはオススメです。

しかし自然が怖い時もあるので慎重に行くべきです。

最初は軽い気持ちでバイトに行ったので後悔しています。

24歳だった夢見る女の子 得たものが多すぎた!

こんにちは。

40代後半の女性、経営者です。

私が高校生の頃、海外に興味を持っていたので大学は留学したいと考えていました。

でもそんな突拍子もないことは両親に許してもらえる訳もなく、説得する学力もなかったのですぐに諦めて親に言われるままに進学をし一流企業とよばれる会社に就職をしました。

就職してからも漠然と海外への憧れがあったのですが留学の為に勉強をする気力もそれにかかる費用もありませんでした。

そんなある日、本屋で偶然ワーキングホリデーの本を見つけ、語学学校、ホームステイ先の手配をしてくれる機関があり、初期費用も頑張って副業をすればなんとかなることを知りました。

しかしワーキングホリデー申し込みの締め切りまでに3か月ほどしかなかったのでなるべく高額なバイトを探しました。

私が選んだのはスナックのホステスでした。

水商売をしたことがなく、また噂やテレビドラマの影響でなんだか怖い気がして少しの間ものすごく悩みましたが、大先輩で自分の夢を叶えた方に相談すると、夢を実現させる為なら罪を犯すわけではないのだから思い切ってやってみたらと言われて面接を受け働き始めました。

日給(一日4時間程度)1万円で週に5日働いたので月に20万円程のお小遣いができそれを3か月すべて貯金をして海外生活の初期費用にあてることができました。

会社で仕事をした後にスナックで働くのはとても大変でした。

カウンター内で立ちっぱなし、お客様に喜んでいただけるよう一生懸命お話をし(その為に会社の休憩時間にたくさん新聞を読みました)カラオケのデュエットを何曲も歌い(その為に一人カラオケに行き歌を覚えたり練習をしました)お酒を飲んでお店の売り上げになるよう無理もしました。

二日酔いでの早起きは辛かったけど副業をしているからといって会社の仕事に支障が出てはいけないので熱いシャワーを浴びて目を覚ましました。

とにかく3か月の期限付きだったし夢の実現が目前だったのでなんとか乗り切りました。

副業をして後悔したことは一つもなく、むしろ良いことばかりでした。

お金が稼げたこと、知識と接客マナーが身についたこと、歌がうまくなったこと、人から見られることできれいになったこと(たぶん)。

これから副業を考えている方にはぜひとも水商売をお勧めします

ただ、これはどんな職業にもいえるのですが副業だからといって手を抜かない事です。

1円でもギャラが発生したらプロです。

そんな気持ちで本業も副業も取り組めたら仕事の楽しさがわかっていろんなことに挑戦できると思います。

33歳 男 治験バイトでたくさん採血をして痛かった

 33歳男です。

治験バイトでたくさん副業代金を貰いましたが、たくさん採血をして痛かったことについて書きます。

 行動した経緯は、無職でお金がなかったので、短期間で高額な副業代金を貰うことが出来る、治験バイトをしました。

時期は、今年の4月から5月にかけて、病院での説明会を受け、その後、健康診断を受けました。

そして、その健康診断の結果、治験対象者としてふさわしいという評価を得て、それから数日後、その病院の2泊3日×2回という期間で治験バイトをしました。

 関東地方の、とある病院です。

 合計で約10万円くらいです。

 今回の治験バイトでは、朝に薬を飲んで、その結果を測るために、一日の間に期間を空けながら、数十回、注射器で看護師の方に採血をしていただくということをしました。

私たち、治験対象者の方々は、その間、基本的に自分用に用意されたベッドの上で、自分の好きなことを自由にして良いので、私はスマートフォンでずっと好きなだけゲームをしたり、持ってきた本を好きなだけ読めたので、とても快適でした。

また、治験対象者の方が希望すれば、テレビのある部屋でテレビを見ても良いし、病院に置いてある大量の本、雑誌、漫画を読み放題なので、病院の治験対象者に対しての心遣いがありがたいと思いました。

あと、治験期間中に提供される食事も、普段、私が食べている弁当より豪華だったので、美味しくて栄養もたくさん摂れて、うれしく思いました。

 短期間の間に、数十回というたくさんの採血をされることは、注射の苦手な私にとって、思ったより辛いことだったと後悔しました。

また、病院での入院中は、喫煙、飲酒は出来ないので、喫煙者であり、飲酒もする私にとって、思ったより辛いことだと思いました。

 私たち、治験対象者の方々は、基本的に治験期間中、大部屋に集められ決まった時間に決まった行動をするという団体行動をするので、団体行動を苦手な方は、抵抗があるかもしれないと思います。

40歳 家庭教師 とにかく楽しい!

現在独身で自営業をしているアラフォーの男子です(男子って歳ではないですね…)

時給が比較的高く、楽しい副業として家庭教師をオススメします。

まだ大学生や大学院生など若い頃、友人の紹介で生徒さんを教えることになったのがきっかけです。

(若い人の方が案件が多いです)

世の中勉強が出来る人間ばかりではないです。

それなりの大学でも、世間的には上位15%です。

生徒宅でまずは小学生を教えることになりました。

個人契約だったのでマニュアルが無いですし、今ほどネット環境が整備されておらず、調べるのも若干難しい時期でした。

ただこれが想像以上に面白いというか楽しいのです。

無邪気な子供と話す時間。

もちろん勉強も教えるのですが、雑談も多くなるのが家庭教師の特徴です(先生次第で雑談しない方もいらっしゃると思いますが、ある程度の雑談力があった方が生徒さんには好かれます)

難関中学受験や大学受験の生徒を教える…となるとかなりの責任は伴いますし、難易度も高いですが、勉強の苦手な生徒を教えるとなると、バランスがいいのです(こちらも先生の向き不向きはあると思います)

時給は個人契約で2000円から3000円程度。

家庭教師の会社に登録すると下がります。

体力に自信がない人には向いていると思います。

また移動手段として車やバイクがあった方が楽です。

後悔しているのは、惰性になりやすいということです。

会社のように誰かに管理されているわけではありません。

なので楽しようと思えばいくらでも楽できますし、自身のスキルアップに繋がりにくいです。

また生徒さんや親御さんとの相性が悪ければ即解雇になるリスクもあります。

解雇と言っても新たに生徒さんを紹介してくれます。

あまりに評判悪ければ紹介はしてもらえなくなります。

よほどのことが無ければ大丈夫と言えるでしょう。

現在大学生や大学院生の方、体力に自信がない方にはぜひ一度やってみる価値はあると思います。

思うほど難しくはないというのが実感でした。

34歳男性、精密機器の梱包、思っているよりも大変 

こんにちはネイサンと言います。

私が経験したことがある高額のアルバイトですがネットショップの配送のお手伝いで1ヶ月に稼いだ金額は20万円ほどです。

稼いだ場所は知り合いがネットショップしておりその配送のお手伝いをするお仕事で、仕事内容は主に注文された商品をパッケージングして決められた曜日に一括で荷物を送る作業をします。

その時の心情としては1ヶ月で20万以上を出すということでお手伝いをしましたが販売している商品が精密機器ということでしたのでもう少し色をつけてくれても良かったように思います。

というのも、精密機器ですので梱包をしっかりしていないと間違いなく、壊れてしまいますし、梱包をきちんとしていても輸送を頼む際、ヤマトなどの配送業者の方がやらかしてしまい、中身が損傷することもありましたから、その責任を取るのも大変でした。

責任を取る際、お給料から差し引きされるのかどうかと言う問題の他、注文した個数の中からどのくらいの量の故障した精密機器が出たのかなどを算出するのが難しく、その後の商品の保証などを入れて仕事をするのではっきり言ってしまうと面倒な作業が多く20万以上もらえても残業という形でお仕事をすることもあり、これだったら本業でプログラマーの仕事をしているのですが本業に中止した方がよいと後悔もしました。

この私の体験談を見ている方がいるとしたら、アドバイスとしてはネット通販のお手伝いの仕事は商品の保証などのことを考える必要性もあり、働いている人数によっては人手が足らず、残業のオンパレードになることもあります。

その為、本業がおろそかになることもありますので気をつけて本業がおろそかにならない程度に頑張ることが重要です。

もし、本業がそれほど忙しくないお仕事であれば注力してネットショップのお手伝いを出来ますがそれ以外の方はやめておいたほうが無難です。

思っているほどはなやかな仕事ではなく、地味でひたすら梱包発注という仕事を繰り返しますので耐えられなくなることも多いです。

32才 男性 2つの副業より思う事 良くは無かった

私は以前警備会社に約5年間勤めておりました。

警備会社の仕事は勤務時間が長く自由の無い仕事に嫌気がさし辞めてしまいましたが、それからハローワークなど仕事を探すもロクな仕事はありませんでした。

焦っていた時にとある友人2人から2つの副業を紹介して頂いたので紹介します。

1人目の友人はせどりを行い生計を立てようとしていました。

お手伝いとしては高額でかつ人気の殺到する商品を並んでなるべく大量に購入するという仕事でした。

報酬は大体が2割で友人はその商品を3~5割増しで転売していました。

人数制限や個数制限の無いような商品であれば10万円渡され、10万円分購入します。

並ぶ時間は最初オープンする前日に下見に行き他の人が並んで居ればそのまま待機します。

ですが大概の人はオープンの3時間前までにゾロゾロと並び始めます。

ですのであらかじめ付近の施設情報を確認しておき、漫画喫茶などがあればそこへ宿泊し5時間前位から並び始めます。

2割が報酬なので多い時は1日2万円が並ぶだけで手に入ります。

しかしただ待つだけとはいっても暑さ寒さも季節によっては辛いですし雨風も関係無いため、条件によってはかなり厳しいものになります。

又、個数を制限していないにもかかわらずあまり商品の在庫を抱えていない場合もあります。

その場合は10万円分購入など行うと他の客からの反感を買いトラブルになる事もありました。

私は半年間の間に15回程行いましたが、決して楽では無いと感じました。

もう一人の友人はパチプロで生計を立てていました。

私は知識がないためあまり詳しくは分かりませんでしたが、スロットを打つにはデータが必須で各店の客の数(大体で)や◯◯店◯◯号機の総回転数や当たりの数などを調査して欲しいと友人が作成したexcel様式のデータへ情報を入力するという作業でした。

私が行なっていた時は友人宅から半径20キロ圏内にある店で6店舗存在したため毎日20時位から22時30分位までバイク移動し各店舗の台情報を集め、それを打ち込み24時頃に終え、データを渡す作業をしていました。

報酬としてはこれもマチマチで友人が稼いだ月の収支から2割程度でした。

調子の良い月は10万程度ありましたが、不調な時は1万円程度もありました。

この仕事も半年位で辞めましたが、毎日データを集めるため時間の縛りがキツく割にはあいませんでした。

私から言える事は2つの副業どちらも気楽ではあるものの、それなりに拘束があり本業が自由の聞く仕事で無いと務まらないと感じ割に合う仕事では無いと思いました。

私は最終的には転職をして現在も勤務しておりますがこの2つの副業については2度としないでしょう。